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永代供養墓が広がる理由──お墓は誰がまもるのか?

[14]多様化の道を進む葬送とお墓

薄井秀夫 (株)寺院デザイン代表取締役

お墓を中心とした「新たなコミュニティ」

新潟・巻町(現在は新潟市)の日蓮宗妙光寺の安穏廟拡大日蓮宗妙光寺の安穏廟の前で開かれた合同供養祭=1999年8月、新潟県巻町(現在の新潟市)

 この二つの永代供養墓であるが、偶然にも、子どものいない人のお墓ということ以外にも、共通するコンセプトを持っていた。

 それは、いつか同じお墓に入る者同士なのだから、生前にも交流をしよう、ということである。つまり、お墓を中心に「新たなコミュニティ」をつくるというコンセプトだ。

 実際、これらの永代供養墓を運営する妙光寺、功徳院別院のどちらも、講演会や交流イベントを定期的に開催するなど、人々の交流を深める努力をしている。建立して年数を重ねるごとに、仲間意識も生まれ、新たなコミュニティが少しずつ広がっているのも事実だ。

 この二つ以降、永代供養墓を建立するお寺は、加速度的に増えてきた。お寺としては布教の手詰まり感のあった時代で、新たな布教方法のひとつとしても注目された。

 中でも「新たなコミュニティ」というキーワードは、実に魅惑的だった。仏教界では、お寺はかつて地域コミュニティの中心だったが近年はその役割を失ってしまったと考える僧侶が多く、永代供養墓はそうした過去の黄金時代復活の夢を見せてくれたのである。

 そして多くの、妙光寺フォロワー、功徳院別院フォロワーを生み出したのである。

 ただし、現実として「新たなコミュニティ」への取り組みがうまくいったお寺はほとんど無い。

 その理由は、コミュニティの構築には丁寧なコミュニケーションが前提なのにもかかわらず、スローガンだけが先行して、現実が伴わないお寺が多かったことがひとつである。

 そしてそれ以上に大きいのが、永代供養墓を望む人の多くは、

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筆者

薄井秀夫

薄井秀夫(うすい・ひでお) (株)寺院デザイン代表取締役

1966年生まれ。東北大学文学部卒業(宗教学専攻)。中外日報社、鎌倉新書を経て、2007年、寺の運営コンサルティング会社「寺院デザイン」を設立。著書に『葬祭業界で働く』(共著、ぺりかん社)、 『10年後のお寺をデザインする――寺院仏教のススメ』(鎌倉新書)、『人の集まるお寺のつくり方――檀家の帰属意識をどう高めるか、新しい人々をどう惹きつけるか』(鎌倉新書)など。noteにてマガジン「葬式仏教の研究」を連載中。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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