「人間」を演じる才能と努力、21本を特集上映
2022年01月25日
渡辺美佐子(1932年生まれ)は、国内外で上演648回を数える一人芝居『化粧 二幕』をはじめ、舞台で多くの代表作を持つ「新劇俳優」だ。軽やかなフットワークで多彩な舞台に出演し、長年続けている平和への祈りを込めた朗読や講演でも全国を飛び回る。一方で100本を超える作品に出演している「映画女優」でもある。その魅力にスポットを当てた特集上映が2月に東京・渋谷の映画館で始まる。企画者がその魅力をつづる。
シネマヴェーラ渋谷では2月5日から3週間にわたり、特集「役を生きる 女優・渡辺美佐子」を開催する。渡辺さんご本人がご登壇されるトークショー付き上映も2回ある。スタジオ(映画の撮影所)が盤石で作品を量産していた時代、そのただ中で活躍された体験を伺うことができる貴重な機会になるだろう。
特集を企画したきっかけは私が渡辺美佐子ファンである、という一点につきる。
そして鈴木清順や加藤泰作品を観ていくことになるのだが、決定的だったのは『競輪上人行状記』と『人間に賭けるな』。人間の本質を深く掘り下げたこの2作品での渡辺美佐子にすっかり圧倒されてしまった。
それは私だけでなく、周りにもファンは多い。「渡辺美佐子出演作に駄作なし」と言い切った知り合いもいるくらいだ。もちろん凡作が傑作に早変わりするはずもないのだが、彼女がスクリーンに映し出されると作品の格がグッと上がる気がするのだから、それも言い過ぎではないだろう。
「役を生きる 女優・渡辺美佐子」
2022年2月5~25日特集上映のちらし。イラストは岡田成生
シネマヴェーラ渋谷
(東京都渋谷区円山町1―5 KINOHAUS 4F)
TEL:03(3461)7703
1950~60年代の渡辺美佐子出演映画21本を上映
◆トークショー
2月5日16:40
『人間に賭けるな』上映後
(聞き手:松岡錠司監督)
2月19日12:50
『真田風雲録』上映後
(聞き手:井上淳一監督)
1本立て入れ替え制
1200円、60歳以上1000円
会員800円
大学・高校生600円
トークショーの回は一律1200円
今回の特集のラインナップは、三國連太郎と高倉健が刑事役を務める村山新治『東京アンタッチャブル』、「時代劇のヌーヴェルヴァーグ」と言われる加藤泰『真田風雲録』、深作欣二唯一の任侠映画『解散式』の3本の東映作品を除くと、1959年~1964年に作られた日活作品ばかり。1959年~1964年といえば、毎週のように新作が封切られていた日本映画の全盛期で、スター人気に支えられたシリーズものを中心とした量産体制が確立していた時代である。
しかし、スター作品にせよ地味な作品にせよ芸術性の高い作品にせよ、量産体制を可能にしたスタジオの力によって作られたことに変わりはない。撮影の姫田真佐久、音楽の佐藤勝や伊部晴美、美術の木村威夫などキラ星のごときスタッフに支えられた作品の魅力を堪能できる特集になっているはずだ。
主役にせよ脇役にせよ、それらの作品での渡辺美佐子の演技力と存在感は監督たちの期待に応えて余りあるものだったに違いない。今回上映する『野獣の青春』『真田風雲録』『果しなき欲望』といった有名作品はご覧になっている方も多いはず。ここでは、その他のお勧め作を紹介したい。
ここ十数年の名画座界隈では、旧作邦画に詳しい見巧者を満足させようと、レア作品やこれまで顧みられなかった監督の作品が大量に上映されてきた。そこで発見された傑作群は今となっては特集ラインナップの常連になっているのだが、一般の方は「この作品は何?」「この監督は誰?」と思われるかもしれない。
まず長く助監督に据え置かれ不遇だった西村昭五郎の初監督作『競輪上人行状記』。公開当時は不入りで西村が何年も干される原因になった作品だが、現在では人間の業を描き切った傑作と誰もが認める一本。今村昌平が脚本を書いたこの重喜劇の最後に現れて場面をさらうのが、体にロープを巻き付けた競輪狂の渡辺。一度観た者は決して忘れられないほどの強力な存在感を見せつける。
そのスピンオフとも言えるのが『人間に賭けるな』で、やくざの組長の妻でありながら若手競輪選手に入れあげて破滅する渡辺美佐子が凄まじい。近年評価が高まっている前田満州夫監督のスタイリッシュな演出、松竹ヌーヴェルヴァーグの二人(田村孟、森川英太郎)の脚本、雨と影のシャープな映像がカッコいい傑作。フィルム・ノワール的な雰囲気もあり、渡辺美佐子の代表作に挙げる者も多いはず。
『果しなき欲望』や『野獣の青春』の影響もあって、渡辺美佐子というと悪女役のイメージが強いかもしれないが、特集ラインアップを見ただけでも実に様々な役柄を演じているのが分かる。もちろん出演数も今では考えられない数である。
1953年のデビュー後、56年には5作品、57、58年には10作品、59年には何と14作品! 56年『逆光線』で大人しい女子大生を演じたかと思うと、同年の川島雄三『飢える魂』では愛人役を、57年の初主演作『女子寮祭』では反抗する女子大生だが、翌年『青い乳房』では小林旭の継母役。デビューして3、4年の20代前半にして、この変幻自在ぶり。
その背後には役に対する真摯な姿勢と努力があることは良く知られている。
デビュー作『ひめゆりの塔』では役柄に合わせて減量しすぎて倒れそうになったというし、肉食系女子・北原三枝に恋人を奪われる『逆光線』では製作側から「主役を食ってしまうような演技をするのは困る」というようなことを言われ、一生懸命やることの何が悪いのかと困惑したという。
スクリーンに現れると「ああ、これでこの映画は大丈夫だ」と思わせてくれる俳優はそういない。
映画人である前に舞台人であった渡辺にとって、役を生き抜くことは当然のことであったに違いない。銀幕に映し出されるスターというかりそめのイメージではなく、脚本に書き込まれた人間を自分ものとして生きること。しかし真摯な演技派というだけでは、あれほどの存在感を醸し出すことは不可能ではないか。役者として生まれついた者にしか成しえない演技を是非ご覧いただきたい。
スクリーンの中では、ブルジョアの不良少女や謎めいた和服の女、肝っ玉おばさんや男たちを手玉に取る悪女、賭博アディクトの女から霧隠才蔵まで、様々な渡辺美佐子が生きている。
個人的には『人間に賭けるな』のラストを観てほしい。「何かに惚れたら命懸けでやることだね。人間に賭けるってそういうことだよ」と捨て台詞を吐く彼女の表情と、そこに流れるグレゴリオ聖歌。聖と俗、天国と地獄が人間の中で交じり合う瞬間である。
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