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ワクチンの不平等と「SDGs」の違和感をめぐって

「正論」が受け入れられないのはなぜなんだろう

古川日出男 小説家

「何が」語られたか、「誰が」語ったか

 私たちはひとしなみに弱点を抱えている。

 ものを考える際にも、この弱点は浮上する。私たちが誰かの発言に耳を傾けて、その是非を判断しようとする場合、もちろん私たちは是非というものを真剣に検討するのだけれども、それは「何が」語られたのかよりも「誰によって」語られたのかに重きが置かれがちだ、と感じる。

 政治的なイシューの問題は、好感を抱いていないあの人物の発言だから否定する、といった傾向だろう。私たちは瞬間的に「それ、誰が言ったんだ?」と反応してしまって、「誰が言ったかはどうでもよい。それよりも、何を言ったんだ?」とは、発言に飛びつけない。

 というわけで、WHO(世界保健機関)のテドロス事務局長である。

 われわれがコロナの時代を生きているこの2年間の、ことに日本において、この人ほど「正論を言っても、耳を傾けてもらえない」人間もいないなあと私は感じる。

拡大世界保健機関(WHO)の会見で話すテドロス事務局長=2022年1月18日、スイス・ジュネーブ、WHOの会見動画から
 前々からテドロス事務局長は、「多くの国が『自国内での集団免疫』を達成することを目標にしていては、ワクチンは低所得国には回らない。そうなっては変異株が生まれる。新型コロナウイルスのパンデミックは長引いてしまう」と警鐘を鳴らしてきた。「だから、富裕国の政府よ、よく考えてくれ」と訴えていた。

 この発言が正論ではなかった、と言えるわけがない。

 なにしろ実際にオミクロン株は生まれたのだから。そして、たとえば昨年末、テドロス事務局長は朝日新聞などに寄稿して、やはり「ワクチンが(偏狭なナショナリズムを超えて)平等に供給されれば、大流行は終わる」といった主旨も含めた発言をした。

拡大Lightspring/shutterstock.com
 その半月ほど後に、つまり今年に入ってからだが、アメリカのバイデン大統領は自国内の感染者数の爆発的な増加に反応して、「これはワクチン未接種の人たちの間でのパンデミックである」と断じた。

 ここで「未接種の人たち」と名指されたのはアメリカ国民のうちの未接種者であり、この発言は百パーセント自国向けなのだが、要するにバイデン大統領は「平等にワクチンが供給されないから、大流行になっている」とテドロス事務局長の発言を裏打ちしたのだ。そのうえで、基本的なラインとしては「まずは自国」との行動を採っている。

 それでは私はどうなのか? 筆者はもちろん政府関係者ではないので、ワクチンに関しての政策をいっさい左右できない。その事実はわきに置いても、これだけの自国内での感染拡大に臨むと「自分はいつブースターショット(三度めのワクチン接種)を受けられるのだろう?」と、やはり自己中心に考えてしまっている。

 そういう時に、提言の主がテドロスでなかったら、とか、テドロスが日本はおろか世界の半数以上の国々で人気(=信頼)があったら、とか考えてしまうのだけれども、すでにこの文章の冒頭で触れたように、私たちは「ひとしなみに弱点を抱えている」のだから、正論の通じなさを嘆いてもしかたがない。

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筆者

古川日出男

古川日出男(ふるかわ・ひでお) 小説家

1966年生まれ。1998年、長篇小説『13』でデビュー。『アラビアの夜の種族』(2001年)で日本推理作家協会賞と日本SF大賞を受賞。『LOVE』(05年)で三島由紀夫賞、『女たち三百人の裏切りの書』(15年)で野間文芸新人賞、読売文学賞。他に『サウンドトラック』(03年)、『ベルカ、吠えないのか?』(05年)、『聖家族』(08年)、『南無ロックンロール二十一部経』(13年)など。11年、東日本大震災と原発事故を踏まえた『馬たちよ、それでも光は無垢で』を発表、21年には被災地360キロを歩いたルポ『ゼロエフ』を刊行した。『平家物語』現代語全訳(16年)。「群像」で小説『の、すべて』連載中。「新潮」(2022年4月号)に戯曲『あたしのインサイドのすさまじき』を発表した。新刊『曼陀羅華X』(新潮社、3月15日刊行)。音楽、演劇など他分野とのコラボレーションも多い。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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