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【ヅカナビ】花組公演『元禄バロックロック』

「忠臣蔵」の価値観を根底から覆した令和の「忠臣蔵ファンタジー」

中本千晶 演劇ジャーナリスト

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 花組公演『元禄バロックロック』の公演再開が決まったのが本当に嬉しい。ライブビューイングやライブ配信が予定されている2月6日の千穐楽には、全国の人がこの公演を楽しめることを願いつつ、以下書き進めていこうと思う。

 副題に「忠臣蔵ファンタジー」と銘打たれたこの作品、昨年11月に宝塚大劇場で観たときにはちょっとした衝撃を受けた。それは、これまでの「忠臣蔵」に流れていた価値観を根底から覆すものだったからだ。今回のヅカナビでは、その「衝撃」のわけを掘り下げてみたい。

 まずは『元禄バロックロック』のあらすじを簡単に紹介しよう(ネタバレを避けたい人は以下、観劇後にお読みください)。

 元・赤穂藩士にして時計職人のクロノスケ(柚香光)は、現世の快楽に耽溺し、賭場「ラッキーこいこい」を仕切る美少女キラ(星風まどか)にぞっこんだ。クラノスケ(永久輝せあ)らは、コウヅケノスケ(水美舞斗)に陥れられて無念の死を遂げた主君タクミノカミ(聖乃あすか)の仇を撃つべく機会をうかがっている。だが、クロノスケはそんな志など忘れてしまっているようである。

 じつはキラは宿敵コウズケノスケの娘であり、コウズケノスケは時を戻せる時計の開発を目論んでいた。かつて討入りのためコウズケノスケの屋敷を探りにやってきたクロノスケに恋してしまったキラは、討入りを阻みクロノスケと幸せに生きたいと願い、何度も時を戻してはやり直していたのだ…。

史実「赤穂事件」をおさらいしてみる

 『元禄バロックロック』の登場人物の多くは、大石内蔵助や浅野内匠頭といった「赤穂事件」でおなじみの実在の人物をモデルにしている。その中で、トップコンビが演じるクロノスケとキラだけが架空の人物である(そのあたりは、後に述べる『仮名手本忠臣蔵』に通じるものがある)。

 ここで、史実の「赤穂事件」とはどのようなものだったのかを簡単におさらいしてみよう。
1701(元禄14)年3月14日、赤穂藩主の浅野内匠頭が、江戸城松之大廊下で吉良上野介に斬りつけた。同日の夕刻に内匠頭は切腹。浅野家お取潰しも決定する。

 主君の仇を討つべきか? はたまた浅野家再興を目指すのか? 家中は揺れた。だが、内匠頭の弟・浅野大学によるお家再興の望みは絶たれ、大石内蔵助らが討入りを決意したのが、翌1702(元禄15)年の夏のことだった。

 そして、討入りを果たしたのが、12月15日の明け方だ。上野介の首を取った後、一同は内匠頭の墓のある泉岳寺に向かった。翌年の2月4日に沙汰が下り、全員が切腹する。

 「四十七士」などと言われるが、赤穂藩士は約300人いたというから、実際には武士道を貫くことより我が身の大事を考える人が大半だったのだ。仇討ちが決まってからも、直前まで脱落・逃亡する者は相次いだという。

 だが四十七士は結束し、数々の苦難を乗り越えて本懐を遂げた。しかもそれは自分の命と引き換えだった。そのことに、人々は心打たれ、拍手喝采したのである。

舞台化の決定版『仮名手本忠臣蔵』と比較する

 この「赤穂事件」の顛末は、彼らの切腹の12日後に『曙曽我夜討』というお題で早くも舞台化されている。だが、これは上演3日目にして中止にされてしまった。

 その後も舞台化は続くが、決定版は47年後(1748年)に大坂・竹本座で幕を開けた浄瑠璃『仮名手本忠臣蔵』である。これはすぐに歌舞伎にもなり、翌年には江戸森田座でも上演されている。

 「仮名手本」とは寺子屋で使われた教科書のことだ。「蔵」は「忠臣の話がたくさん詰まった蔵」の意味と、大石内蔵助の「内蔵」をかけている。以降、赤穂事件を「忠臣蔵」と呼ぶことが定着していくことになる。

 全十一段の長い話であり、松の廊下の事件は三段目、塩谷判官(浅野内匠頭のこと)切腹は四段目だ。討入りを描いた十一段目が現代の感覚ではクライマックスに思えるが、『仮名手本忠臣蔵』ではオマケのような扱いであり、一番人気は「おかる・勘平」という恋仲の男女の悲劇を描く五〜七段目である。つまりこの話、討入りを派手に描いたのではなく、そこに至るまでに関わる人たちがそれぞれの立場で思い悩むさまを描いた話なのだ。

 ちなみに、おかる・勘平の悲劇とは次のような話である。

 「二人は松の廊下の事件のときに逢引をしていた。このため勘平は主君の一大事に駆けつけられなかったことを恥じ、切腹しようとするが、これをおかるが引き止め、おかるの故郷へ駆け落ちする。

 勘平が仇討ちに参加するためには軍資金(50両)が必要だった。これを捻出するため、おかるは身売りを決意する。ところが、おかるの父が50両を持ち帰る途中、盗賊の定九郎に襲われ、金を奪われてしまう。さらに、山中で猟をしていた勘平が誤って定九郎を撃ち殺し、懐にあった50両を持ち帰る。

 舅殺しの疑いをかけられた勘平は切腹する。だが、死に際に真実が明らかになり、晴れて仇討ちの連判状に名を連ねることができたのだった」

 『元禄バロックロック』のキラとクロノスケは、まるで令和の「おかる・勘平」だなと思った。だが、愛する男のためには手段を選ばぬ「女の強さ」は共通しているものの、その手段は真逆だ。

 『仮名手本忠臣蔵』のおかるは、勘平が忠義を全うできるよう自己犠牲を払う。しかも、その先にあるのは勘平の「死」である。いっぽう『元禄バロックロック』のキラは、愛するクロノスケと「共に生きる」ために行動を起こすのだ。

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『タカラヅカの解剖図館』(エクスナレッジ )、『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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