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必見!『フレンチ・ディスパッチ』──奇抜な物語と厳密な形式

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

<いかに語るか>についての映画

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』  © 2021 20th Century Studios. All rights reserved.
拡大『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』  © 2021 20th Century Studios. All rights reserved.

 物語は、「フレンチ・ディスパッチ」の創刊者であり名物編集長のアーサー・ハウイッツァー・Jr(ビル・マーレイ)の急死から始まる。彼の遺言に従って、同誌の廃刊が決まり、最終号には彼の追悼文と共に、アンニュイの街案内、および奇想天外な内容を含む3つの章/記事が掲載されることなる。

 そして、この雑誌の記事が、そのまま1つのレポート(短編)+3つのストーリーとして映像化され、オムニバス形式の映画として進行する。なんとも巧みなアイデアだが、雑誌記事の映像化という仕掛けが、さまざまなトピックを1本の映画の中に融通無碍に取り込むことを可能にしたわけだ。

 この卓抜な着想の時点で、アンダーソンは勝利をほぼ手中に収めたといっていい。これは要するに、彼が、<何を描くか/語るか>以上に、<いかに描くか/語るか>に注力している、ということだ(本作の構成は、一つの物語の中に複数の物語・語り手が存在する、という入れ子構造の物語(いわゆる枠物語)だが、これまたアンダーソンの偏愛するもので、この作風が最も複雑で眩惑的な様相を呈したのが、名作『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014)だ)。

 さらに、本作が出来事を<いかに語るか>についての映画であることは、人物関係、出来事の経緯などの物語の状況、および各話のテーマが、<語り部>たる女優アンジェリカ・ヒューストンのナレーションによって観客に<報告される>点にも見てとれるし、そもそも前述のように、記者たちの取材やレポート/記事の映像化、という本作の──入れ子状の──構成そのものが、<いかに語るか/報告するか>についてのアンダーソンの強い関心を示している(“序章”である「1つのレポート」は、夕暮れ時に娼婦や男娼が出没する、アンニュイの“闇”の地域に果敢にも自転車で潜入する「自転車レポーター」(オーウェン・ウィルソン)によるルポルタージュだ)。

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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