『鹿の王 ユナと約束の旅』安藤雅司監督に聞く(下)
世界を構成する様々な生命を等価に描く
叶精二 映像研究家、亜細亜大学・大正大学・女子美術大学・東京工学院講師
民族の文化的な違いをヴィジュアルで描き分ける
──この作品には東乎瑠(ツオル)とアカファという異なる民族が出てくるわけですが、それぞれの特徴が描き分けられていると思いました。
安藤 民族の違いをどう描き分けるかは最初に直面した難題でした。結果的にはそれぞれの文化、衣食住、宗教などの違いに頼る形をとりました。デザインで顔の造作や肌の色で民族の違いを描いてしまうと、現実に絡んだ変な先入観につながってしまう可能性もあります。そうではなく、あくまでキャラクター達の性格や立ち位置を表すことを大前提として、衣装や色使いで文化や生活の違いを民族の差として表現したいと思いました。その結果、東乎瑠(ツオル)人は、成人は全て額に“眼”の刺青を入れていることにしました。

『鹿の王 ユナと約束の旅』 Ⓒ2021「鹿の王」製作委員会

『鹿の王 ユナと約束の旅』 Ⓒ2021「鹿の王」製作委員会
──民族ごとの色の識別が大変分かりやすかったです。アカファは赤い衣装が多く、国章も赤い四角模様でした。一方、東乎瑠(ツオル)は青い衣装で国章も青い眼。「玉眼来訪(ぎょくがんらいほう)」という行事のために皇帝が移動する手段が青い眼の描かれた大気球で、道標に各地で気球を上げているというアイデアも秀逸でした。
安藤 「ギョクガンライホウ」と音で聴いても分かりにくいんです。それが「眼が描かれた気球がやって来る」というイメージだと端的で分かりやすい。これも品川さんのアイデアが元になっていたと思います。山頂にある東乎瑠(ツオル)の城だけは青く、山並みには旧アカファの街が広がっていて、そこに点々と気球が上がっている。気球の進路が、そのまま東乎瑠(ツオル)皇帝がアカファの民を支配していくという構図になっているわけです。

『鹿の王 ユナと約束の旅』 Ⓒ2021「鹿の王」製作委員会
──ヴァン、ホッサル、そして「跡追い(追跡者)」のサエは3人で旅をするわけですが、その途上の美術が美しいと思いました。特に赤土の地層に白い岩が突き出た風景が印象に残りました。あの白い岩はアカファ特有の岩塩なのでしょうか。
安藤 いえ、特にそう設定したわけではありません。あの旅の風景は人体の内と外を行くというイメージで作り上げています。少し分かりづらいですが……。あの赤土の中に浮かぶ岩々の景色は、血液の中に浮く血球や血小板をイメージしたものです。ただ巨石は、王国内のあらゆる場面に存在するものとしました。岩石柱が点在し、それが国土の地形的な特徴となっていて、それを突き崩しつつ大気球を導く気球が浮上していくことで、「玉眼来訪」の政治的圧力を表したいと思ったのです。その岩石柱を自然に生み出す地形として、巨石を点在させています。

『鹿の王 ユナと約束の旅』 Ⓒ2021「鹿の王」製作委員会