三島憲一(みしま・けんいち) 大阪大学名誉教授
大阪大学名誉教授。博士。1942年生まれ。専攻はドイツ哲学、現代ドイツ政治の思想史的検討。著書に『ニーチェ以後 思想史の呪縛を超えて』『現代ドイツ 統一後の知的軌跡』『戦後ドイツ その知的歴史』、訳書にユルゲン・ハーバーマス『近代未完のプロジェクト』など。1987年、フィリップ・フランツ・フォン・ジーボルト賞受賞、2001年、オイゲン・ウント・イルゼ・ザイボルト賞受賞。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
なんといっても目立つのは、ポピュリストは常に自分の過去の言行は忘れやすい、ということだ。その時々で反応するから、前後の一貫性がない。自分が人をヒトラー呼ばわりしたり、人からヒトラーみたいと褒められたことなどすっかり忘れてしまっていたのかもしれない、と危惧される。
このあいだ冥界に旅立った石原慎太郎氏が、2014年、政界引退の記者会見で、橋下徹氏を「総理になる器」「あんなに演説のうまい人を見たことがない」「例えはよくないが、演説のうまさ、迫力は若い時のヒトラーですよ。ヒトラーってのは後にばかなことをしたけども」と、述べている。でも橋下氏はいきり立たなかった。「国際的にご法度」のはずなのに。
その1年後には自民党の西田昌司氏が、自分のユーチューブ番組で「最近、橋下徹がヒトラーに見えてくるのだが、眼科診断を受けるべきでしょうか」という視聴者のユーモラスな問いに対して「(橋下氏は)ヒトラーを研究されておられるのではないでしょうか?……ヒトラーは大衆からの支持を熱狂の中で勝ち取った。(あなたの眼は)正しく見えているのではないでしょうか」と答えている。これも「国際的にご法度」のはずなのに、橋下氏はいきり立たなかった。
人からヒトラーもどきと形容される点では、石原氏からだろうと、西田氏からだろうと、菅氏と変わりないのに、あるときはいきり立ち、あるときはいきり立たないのは、どうしてだろうか。麻生太郎氏がナチスのように目立たないように静かに憲法改正しようや、と述べた時にも、「行き過ぎたブラックジョーク」と軽く擁護していた。ご法度もいつの間にかジョークと化したらしい。
それに自分も「国際的にご法度」のはずの「ヒトラーと同じだ」をすでに連発していた。
2012年、当時の民主党の消費税値上げ法案提出に関して、公約にないことを数を頼んでやろうとしているということで、1933年3月のヒトラー総統による全権委任法に例えたのは、まぎれもない橋下徹氏だ。もっとも状況の違いはご存じないようだが。全権委任法のときはこうだ。すでに数週間前に政権をとっていたナチスは、共産党系の議員を逮捕していたし、社民党議員には登院を許さなかった。かなりの座席が空席のままだった。いくらなんでもそんなことはあり得ない現在の日本の議会制民主主義の下で、当時の民主党政権が、公約にないことを企てたからといって、そのままヒトラーというカタカナ4文字に例えるのは無理筋だ。
もちろん、橋下氏からすれば、消費税法案を批判したのであって、法人格としての民主党を批判したのではない、という論理もあるのだろうが、それにしても全権委任法と消費税値上げの法案とは、法のステータスがまるで異なる。前者は国家の体制そのものを独裁体制に変える意図があるのに対して、後者は税制に関する提案だ。
また最近では京大の先生で、小生も著書を読んだことのある藤井聡氏の言うことが気に入らなかったのか、橋下氏は売り言葉に買い言葉的にツイッターで「国際的にご法度の」カタカナ4文字を連発している。
いやいや、「国際的にご法度」は、友党というと怒られるかもしれないが、2009年に自民党の谷垣禎一総裁もやらかしている。政権の座についた民主党の鳩山由紀夫首相の所信表明演説に際して、初めての本格的な政権交代に気が昂っていたのか、一文章ごとに拍手する新人議員たちに、野に下った自民党の谷垣氏が言うにこと欠いて「ヒトラー・ユーゲント(青年団)みたいだ」などと述べている。
菅直人氏にあれだけいきり立っているのに、少し昔とはいえ、石原氏、西田氏、谷垣氏にはなんで糾弾の刃を向けなかったのだろうか。また自分が使ったカタカナ4文字がブーメランのように戻ってきている。人格批判ではないという形式論的な言い逃れはあまり説得力を持たない(これについては最後に触れる)。「時と状況によって違うさ、学者先生が過去のことを調べて目録作って、コンテクスト抜きに批判したって、政治音痴とはこのことさ」と嘯(うそぶ)くだけかもしれない。
ネットによると野田正彰氏は「嘘は平気で言う。バレても恥じない」などと橋下氏を論じたそうだが(「新潮45」2011年11月号/*)、ブーメランもなんのその、
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