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【ヅカナビ】星組KAAT神奈川芸術劇場

『ザ・ジェントル・ライアー ~英国的、紳士と淑女のゲーム~』

中本千晶 演劇ジャーナリスト


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 星組公演『ザ・ジェントル・ライアー ~英国的、紳士と淑女のゲーム~』、残念ながら宝塚バウホールでの公演は全日程が休演となってしまったが、KAAT神奈川芸術劇場で無事に開幕できたことを心から嬉しく思っている。

 この作品はオスカー・ワイルドの戯曲『理想の夫』を原作とするのだが、同じ『理想の夫』が同時期に新国立劇場の演劇研修所終了公演として上演されていた。つまり、同じ戯曲を舞台化した2つのバージョンが楽しめるという、貴重な機会でもあったわけだ。

 そこで今回は、新国立劇場版とタカラヅカ版、双方を見比べつつ、『ザ・ジェントル・ライアー』の魅力を探っていこうと思う。

『理想の夫』では良き友のアーサー、だが実は?

 まずは新国立劇場にて『理想の夫』を観た。公演時間3時間15分という貼り紙を見たときは「長いな…」とおののいたけれど、終わってみれば、長台詞を一言たりとも聞き漏らさじと集中した3時間であった。時代を鋭く切り取り、繊細な人間観察に基づいて描かれる世界に終始引き込まれっぱなしだった。

 物語の舞台は19世紀末のロンドン。若き政治家ロバート・チルターンは社交界でもてはやされている。ところが、そこにウィーンからやってきたチーヴリー夫人と名乗る女性が、突然ロバートに国会で嘘の答弁をするように要求する。じつは彼女は、ロバートが過去に犯した秘密漏洩の証拠となる手紙を握っており、自分の要求を受け入れないと「手紙」を公開するとロバートを脅す。

 嘘の答弁などしたくはないが、かといって夫人の要求を跳ねつければ、自分の政治生命は終わってしまう。それに何より自分を「理想の夫」と信じている妻ガートルードの愛を失うのが怖い…窮地に陥ったロバートは親友であるアーサーに助けを求めた。アーサーは、ロバートとは対照的で出世に全く興味のない遊び人だったが、友のために一肌脱ごうと奔走し始める…。

 原作の戯曲に忠実な新国立劇場『理想の夫』に対し、タカラヅカの『ザ・ジェントル・ライアー』は飄々とした自由人アーサーを主人公に据え、これを瀬央ゆりあが演じる。

 一見非の打ち所がない人生の成功者ロバートに綺城ひか理、貞淑で真面目過ぎる妻ガートルードに小桜ほのか、アーサーに想いを寄せる愛らしいメイベルには月組から組替えしてきた詩ちづる、そして、謎の女チーヴリー夫人に音波みのり(休演により紫りらが演じた)という布陣。いずれもハマり役となりそうな楽しみなキャスティングであった。

 だが正直、幕開けしばらくは新国立劇場版『理想の夫』の印象に囚われすぎていたせいか、やや混乱した。スピンオフとまでは言わぬまでも、アーサーを主軸に据え直した別の物語と思って観た方がスッキリと楽しめそうだと思った。『理想の夫』は過去の傷を晒されたロバートが、妻との真実の愛を取り戻していく物語であるのに対して、『ザ・ジェントル・ライアー』は過去の恋愛で心に傷を負うアーサーが、これを癒して真実の愛を見つけてゆく物語である。

 『理想の夫』のアーサーはロバートを窮地から鮮やかに救い出す良き友である。また、世間の評判など気にせずしなやかに生きる人物として描かれており、ある意味、真に理想的な生き方をしている人のようにも見える。

 だが、タカラヅカ版『ザ・ジェントル・ライアー』はそのアーサーが何故そのような人生観を持つに至ったかを深掘りしつつ、その内面に潜む弱さや暗さまでも浮き彫りにしていくのだ。

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『タカラヅカの解剖図館』(エクスナレッジ )、『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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