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『笑っていいとも!』の代名詞、「テレフォンショッキング」という発明

[2]タモリと観客の共同作業で生まれた「友だちの輪」

太田省一 社会学者

「友だちの輪」誕生秘話

 この「いいともー!」は予め番組が決めていたやり取りだが、一方、思わぬかたちで生まれ、流行したフレーズもある。「テレフォンショッキング」の「友だちの輪」である。

 繰り返すまでもないが、「テレフォンショッキング」は、芸能人や著名人の日替わりゲストがタモリとフリートークを繰り広げるコーナー。その日のゲストがその場で電話をかけ、リレー方式で次の日のゲストを紹介する。唯一、1982年の初回から2014年の最終回まで続いた看板コーナーである。

 初回のゲストは、タモリが大のファンであることを公言していた歌手の桜田淳子。そもそもはアイドルの伊藤つかさにタモリが会いたいという目的で始まったというが、(『週プレNEWS』2014年3月10日付記事)それは1985年7月8日に実現。以降は、タモリ憧れの吉永小百合につながることが目的になった(結局、それは達成されなかった)。

 この「テレフォンショッキング」で恒例になったのが、「友だちの輪」だった。誕生のきっかけは、1982年11月17日、ミュージシャンの坂本龍一が出演したときのことである。

 この日、JALのマークの話題になった。当時のマークは、鶴の広げた翼が両端で接し、丸をつくるようなデザイン。坂本龍一は、その意味が「世界に広げよう、友だちの輪」なのだと言い、

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筆者

太田省一

太田省一(おおた・しょういち) 社会学者

1960年、富山県生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビ、アイドル、歌謡曲、お笑いなどメディア、ポピュラー文化の諸分野をテーマにしながら、戦後日本社会とメディアの関係に新たな光を当てるべく執筆活動を行っている。著書に『紅白歌合戦と日本人』、『アイドル進化論――南沙織から初音ミク、AKB48まで』(いずれも筑摩書房)、『社会は笑う・増補版――ボケとツッコミの人間関係』、『中居正広という生き方』(いずれも青弓社)、『SMAPと平成ニッポン――不安の時代のエンターテインメント 』(光文社新書)、『ジャニーズの正体――エンターテインメントの戦後史』(双葉社)など。最新刊に『ニッポン男性アイドル史――一九六〇-二〇一〇年代』(近刊、青弓社)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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