アニメーションを通じて手を繋ぐ制作者たち
2022年03月10日
2月24日に開始されたロシア軍のウクライナ侵攻作戦が今も続いている。
ウクライナでは、ここ数年アニメーション制作が活発化しており、CM・広告専門や下請けスタジオを含めると50社を超える制作会社があったようだ。各社で働いていた人々の安否が心配でならない。
以下、現時点で得られた情報を集めてみた。日本国内で得られる情報は断片的で不明な点が多いが、少しでも両国で今何が起きているのかを考察する一助となれば幸いである。
2000年代以降、デジタル技術の普及によって各国の3D-CGアニメーション制作の環境は一変した。ウクライナも例外ではない。キエフ市内には大小30社近くの3D-CG制作会社があったようだが、長編やテレビシリーズを制作しているスタジオはごく一部だ。
映画会社FILM.UAが2012年にキエフに設立した「Animagrad Studio」(以下アニマグラード)はその代表的な存在である。アニマグラードは大作長編映画『MAVKA the forest song(マフカ 森の歌)』(Oleksandra Ruban、Oleg Malamuzh監督)を2016年頃から制作中だった。同作品は、ウクライナ国家映画制作庁とアメリカ国際開発庁から支援を受けていた。
原作は、ウクライナの女性作家・詩人レーシャ・ウクライーンカ(1871年〜1913年)が妖精の女性と人間の男性の愛を描いた詩劇『森の歌』(1911年)だ。自国の風土や民俗性を重んじた作品作りは、スタジオジブリやアイルランドのカートゥーン・サルーンに通じるものを感じる。
映画は今年12月29日に公開が決定していたが、公式サイトは2月12日以来更新されていない。アニマグラードの代表メールに安否の問い合わせをしてみたが、未だ返信がない。スタジオとスタッフの無事を祈るばかりだ。
ロシアとウクライナのアニメーション制作者たちは長年手を携え、支え合ってきた。
ウクライナでは、ソ連邦・ウクライナ共和国時代の1920年代から2Dセルや切紙などの様々な短編やテレビシリーズのアニメーションが制作されている。ソユーズムリトフィルム(ソ連邦動画スタジオ)で活躍した作家たちの中にも、ウクライナ出身者は大勢いたはずだ。長編『蛙になったお姫さま』(1954年)を監督したミハイル・ツェハノフスキー(1989年〜1965年)はウクライナのフメリニツキー州生まれだった。
1991年、ソ連の崩壊を受けてウクライナが独立した直後、ロシアとウクライナのアニメーション制作者たちの尽力で第1回「KROK(クロック)国際アニメーション映画祭」が開催された。クルーズ船上で行われる珍しいスタイルの映画祭であり、世界中の作家が集い交流して互いの映画を讃えあう。同映画祭は、2020年まで毎年ロシアとウクライナが交代で主催し、9月〜10月に開催されていた。映画祭にはロシアやウクライナの多数の関連企業が協賛していた。
しかし、2021年は開催されたという報告が見当たらない。コロナ禍や開戦直前の緊張状態の影響があったのかどうかも不明だ。
なお「KROK(クロック)」とはウクライナ語でステップを意味し、止まることなく前進し続ける意味を込めたという。命名はロシアを代表する監督の一人、ガリー・バリディン(1941年〜)。彼はユダヤ人であり、母は戦中にキエフから疎開して彼を産んだという。バリディンは1983年に、色違いのマッチ棒が領地を巡って戦争し、互いに燃え尽きるというストップモーション短編『Conflict』を監督していた。
この映画祭をステップとして、世界に羽ばたいた作家も多い。
2012年には「ロシア・アニメーション映画協会(フォーラム)」が設立された。現在64の企業・組織が参加しているという。
同協会は今年2月25日付で「ウクライナに対する軍事作戦に関するロシアのアニメーション制作者からの公開書簡」を発表。以下、その一部を抜粋する。
戦争は死、苦痛、そして破壊に他ならない、と私たちは確信しています。そして、それを正当化するものは何もありません。ウクライナとロシアのアニメーション映画製作者のアニメーションコミュニティは団結しており、切り離せない存在です。私たちは長年にわたってお互いの映画を見ながら協力してきました。アニメーションの芸術は、人々が人間を感じるのを助ける芸術でもあります。殺さず、破壊せず、団結します。(中略)
アニメーションと芸術には一般的に、常に反戦精神が染み込んでいます。今日の軍事行動は、ウクライナの友人や同僚だけでなく、すべての人々、人類、そして人間全体に向けられていると信じています。
私たちは戦争に反対しています。兄弟たちについての言葉が血なまぐさい悪夢に陥らないようにしたいと思います。
爆撃と殺害は正当化できません。(意訳)
この書簡の賛同者一覧には、『ミトン』(1967年)、『チェブラーシカ』(1969年)の美術を務めた重鎮レオニード・シュワルツマン氏(1920年〜)、『霧の中のハリネズミ』(1975年)、『話の話』(1979年)の巨匠ユーリー・ノルシュテイン監督(1941年〜)、前述のガリー・バルディン監督、ウクライナのイゴール・コヴァリョフ監督(1954年〜)、ベラルーシのミハイル・トゥメリヤ監督 (1963年~)ら391名が記されていた。即時に抗議の姿勢を鮮明にした同協会と賛同者が政府の弾圧対象となる可能性もあり、その勇気ある行動に敬服する。署名はその後も増え続け、今も世界中から支持を集めている。
2月26日、オタワ国際アニメーション映画祭アーティスティック・ディレクターのクリス・ロビンソン氏も「アニメーターはウクライナ侵攻に反対します」と題された請願書の署名運動を開始した。
なお、国際アニメーションフィルム協会日本支部ASIFA-JAPANもこの二つの運動に賛同し、署名を呼びかけている。
また、ポーランドのワルシャワでは3月7日に「BORDER CROSSING - CHILDREN'S FILM FESTIVAL(国境を越える児童映画祭)」が開催された。ウクライナからポーランドへ逃れた家族と子供たちのための無料上映会やワークショップで、字幕や台詞のない短編を中心としたプログラムだという。ウクライナの短編もプログラムに入っている。
こうした様々な運動は、アニメーションが単なる消費的娯楽だけではなく、国際的に手を結ぶ手段としても有効であることを示している。一刻も早いロシア軍の撤退と終戦を望む。
欧米の映画制作会社はロシアへの配給停止や共同制作の中止措置に踏み込んでいる。
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