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【公演評】ミュージカル『ラ・カージュ・オ・フォール』

ミュージカル・コメディに刻まれた普遍のメッセージ

橘涼香 演劇ライター


 長年連れ添ったゲイカップルを通して、家族の絆と夫婦愛を描き、1985年の日本初演以来長く愛され続けるミュージカル『ラ・カージュ・オ・フォール』が、東京・日比谷の日生劇場で上演中だ(30日まで。のち、名古屋・愛知県芸術劇場 大ホール、富山・オーバード・ホール、福岡・博多座、大阪・梅田芸術劇場メインホール、埼玉・ウエスタ川越 大ホールでも上演)。

 『ラ・カージュ・オ・フォール』は、1973年のジャン・ポワレ作のフランス劇として生まれ、1978年フランス・イタリア合作で映画化(邦題「Mr.レディMr.マダム」)された作品を基に、アーサー・ローレンツ演出、スコット・サーモン振付によって、1983年にミュージカル化された作品。その年のトニー賞6部門、ドラマ・デスク賞3部門を受賞する大きな反響を呼び、3年後の1986年ウエストエンドでもロングランを達成している。

 日本初演は1985年。青井陽治演出、リンダ・ヘイバーマン振付により、ゲイクラブ「ラ・カージュ・オ・フォール」のオーナー・ジョルジュに岡田真澄、看板スターの“ザザ”ことアルバンに近藤正臣で上演され、1988年まで5回の上演を重ねるヒット作品に成長した。その後、1993年からザザ役に市村正親が登場。当たり役のひとつに数えられる成果を示し、更に2008年からはジョルジュ役に市村とは劇団四季時代からの盟友である鹿賀丈史を迎え、「ラ・カージュ」史上最高のコンビが誕生。演出を担ったミュージカル界での信頼も厚い山田和也が、スタンダードに作品が訴える普遍の愛を描いたことも功を奏し、2008年、2012年、2015年、2018年と、その上演史を伸ばし続けている。

 今回の2022年版は、コロナ禍後初の『ラ・カージュ・オ・フォール』の登場であり、多様性を認めようという気運が高まるなかでの、非常に意義深い上演になっている。

王道ミュージカルが持つエンターテインメントの強み

『ラ・カージュ・オ・フォール』公演から=橘涼香 撮影拡大『ラ・カージュ・オ・フォール』公演から=橘涼香 撮影

 作品に接して改めて感じるのは、こうして歴史を重ね、更に「ゴールデン・コンビ」と呼ばれる主演カップルをはじめ、多くの主要キャストが続投している陣容のなかでも、舞台芸術は一期一会であり、その時代、その時の空気と共に絶えず変化していくものなのだという感覚だった。

 この作品が初演された当時は、多様性を象徴する「LGBTQ」という言葉自体もなかったし、同性のカップルへの偏見もまだまだ根強かった。今では少なくとも表立って口にするのは憚られる侮蔑的な言葉も平然と交わされていて、作品の成り立ちも、異端と思われているゲイカップルも普通の夫婦と変わらないんですよ、という作者の思いが込められて織りなされたものに違いなかった。

『ラ・カージュ・オ・フォール』公演から=橘涼香 撮影拡大『ラ・カージュ・オ・フォール』公演から=橘涼香 撮影

 だが「そもそも普通って何?」という問いかけが込められたミュージカル『ジェイミー』をはじめ、トランスジェンダーや、同性のカップルを現代の視点で描いた作品が次々に登場している2022年のいま観ても、この作品が全く古さを感じさせないばかりか、むしろ自分のアイデンティティへの誇りや、夫婦、家族、隣人への愛という、根底にある普遍性がより強く前面に出てきたことに驚かされる思いがした。それは『ラ・カージュ・オ・フォール』が、「ありのままの私」「今この時」「見てごらん」等々のキャッチーで美しいミュージカルナンバーと、ゲイクラブ「ラ・カージュ・オ・フォール」で繰り広げられる華麗なショーステージと共に、爆笑に次ぐ爆笑の芝居を通して、性別によらない愛の尊さを描いているが故だ。この「ミュージカル」というジャンルのお手本とも言える王道の作り、完璧なエンターテインメントのなかにテーマが刻まれていたからこそ、作品は決して風化せず、2004年、2010年ブロードウエイでの2度のリバイバルパージョンが、トニー賞史上初となる2度の「ベスト・リバイバル・オブ・ミュージカル」受賞という快挙を成し遂げたこともうなづける。

 しかも、日本版上演史を振り返れば、まさにそこに、日本の「ミュージカル」が歩んできた道程までもが作品と共に見えてくることに深い感銘を覚えた。

日本ミュージカルの立役者が描く特別ではない同性の夫婦

 1985年の日本初演の主演者が、岡田真澄と近藤正臣だということは、現在のミュージカルを観慣れている観客には、或いは意外に映るキャストかも知れない。だが1963年の『マイ・フェア・レディ』初演からはじまった日本のミュージカル上演史はこの時20数年。未だ日本には「ミュージカル俳優」を名乗る役者は、厳密にはいないに等しい時代だった。映像で人気を獲得した俳優や、歌手の出自を持つ面々、更に舞台役者、ダンサーが力を持ち寄ってミュージカルもやる。そんな形で数々の上演は成り立っていて、『ラ・カージュ・オ・フォール』の珠玉のナンバーも「芝居歌」として歌われ、極めてダンディな岡田と、なんといっても“ザザ”として抜群に美しかった近藤が、作品を育てた時間は貴重なものだった。

『ラ・カージュ・オ・フォール』公演から=橘涼香 撮影拡大『ラ・カージュ・オ・フォール』公演から=橘涼香 撮影

 そこに劇団四季で、そもそもミュージカルの主演者として共に活躍し、日本のミュージカルの歴史の大転換点となった1987年初演の『レ・ミゼラブル』で主演のジャン・バルジャンとジャベールを交互に演じた鹿賀丈史と、1992年初演の『ミス・サイゴン』初演で主演のエンジニアを演じた市村正親という、文字通りのミュージカルスターであり、盟友でもある二人が並び立つこの2022年上演版に至る地平には、日本のミュージカルの歴史そのものが横たわっていると言って過言ではない。彼らが歌、踊り、芝居の力が共に求められる場で獲得してきた力量と活躍がなかったら、日本のミュージカル界にいま綺羅星の如く輝く、ミュージカルそのものを志向してこの世界に入ってきたスターたちはいなかっただろう。そんな日本のミュージカル界の立役者の二人が、互いに年輪を重ね、果てしなく積んだ経験の上で、決して歌として独立していない、役の心情や思いを届ける、ある意味の芝居歌に帰結した演技で、愛し合った二人が同性なだけで、何一つ特別なことではない夫婦を表現しているのに胸打たれる。

◆公演情報◆
ミュージカル『ラ・カージュ・オ・フォール』
東京:2022年3月8日(火)~30日(水) 日生劇場
名古屋:2022年4月9日(土)~10日(日) 愛知県芸術劇場 大ホール
富山:2022年4月16日(土)~17日(日) オーバード・ホール
福岡:2022年4月22日(金)~25日(月) 博多座
大阪:2022年4月29日(金)~5月1日(日) 梅田芸術劇場メインホール
埼玉:2022年5月7日(土)~8日(日) ウエスタ川越 大ホール
公式ホームページ
[スタッフ]
作詞・作曲:ジェリー・ハーマン
脚本:ハーベイ・ファイアスティン
原作:ジャン・ポワレ
翻訳:丹野郁弓
訳詞:岩谷時子、滝弘太郎、青井陽治
演出:山田和也
オリジナル振付:スコット・サーモン
[出演]
鹿賀丈史、市村正親、内海啓貴、小南満佑子、真島茂樹、香寿たつき、
今井清隆、森公美子 ほか

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筆者

橘涼香

橘涼香(たちばな・すずか) 演劇ライター

埼玉県生まれ。音楽大学ピアノ専攻出身でピアノ講師を務めながら、幼い頃からどっぷりハマっていた演劇愛を書き綴ったレビュー投稿が採用されたのをきっかけに演劇ライターに。途中今はなきパレット文庫の新人賞に引っかかり、小説書きに方向転換するも鬱病を発症して頓挫。長いブランクを経て社会復帰できたのは一重に演劇が、ライブの素晴らしさが力をくれた故。今はそんなライブ全般の楽しさ、素晴らしさを一人でも多くの方にお伝えしたい!との想いで公演レビュー、キャストインタビュー等を執筆している。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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