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石垣島で聴いた「童神」

 2015年の秋、高校時代の友人と二人で、初めて石垣島を訪れた。共通の友人が数年前からこの島に移住していたからだ。彼のクルマに乗せてもらって、島を巡り、海で泳ぎ、ソバを食べた。3泊4日のミニトリップの最後の夜は、奥さんのレイコさんにも参加してもらって、島の魚を食べ泡盛を飲んで騒いだ。盛り上がったついでにカラオケにも繰り出した。

 男3人の歌唱のレベルは(ひいき目に見ても)中の中。歌には聞こえるものの、おざなりな拍手がぱらぱら返ってくるというレベル。つまり、フツーの人のフツーの歌である。

 ところがレイコさんの歌は明らかに違った。声の艶も音程も情感も段違いである。旅人二人は息を呑み、酔いも醒めかけた。こりゃあ凄い!

 彼の地の友人(歌姫の夫)がこう言う。「こっちの人たちはみんな歌が上手いよ。俺が彼女の親戚連中と初めてカラオケをやったとき、彼らは俺に向かって、『こんなに歌の下手な人が世の中にいるとは思わなかった』って言ったもんさ」。彼はイギリスと東京で育った人間だが、レイコさんはもちろん、島で生まれた人である。

 彼女が歌った中で、特に耳に残ったのは、「イラヨーヘイ、イラヨーホイ」という囃子言葉が印象的な「童神」(わらびがみ)だ。母親が赤子に向かって健やかに育てと祈る歌詞が、ゆったりと起伏するメロディに乗って天へ昇っていくような曲。1997年に古謝美佐子(こじゃみさこ)が発表した後、夏川りみをはじめ何人もの歌手がカバーし、よく知られた楽曲である。

古謝美佐子さん2007年拡大古謝美佐子=2007年

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筆者

菊地史彦

菊地史彦(きくち・ふみひこ) ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師

1952年、東京生まれ。76年、慶應義塾大学文学部卒業。同年、筑摩書房入社。89年、同社を退社。編集工学研究所などを経て、99年、ケイズワークを設立。企業の組織・コミュニケーション課題などのコンサルティングを行なうとともに、戦後史を中心に、<社会意識>の変容を考察している。現在、株式会社ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師、国際大学グローバル・コミュニケーションセンター客員研究員。著書に『「若者」の時代』(トランスビュー、2015)、『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー、2013)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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