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映画「鉄道員(ぽっぽや)」を歴史的名作にした三つの挿入歌~高倉健と戦後日本<前編>

【46】地上のぽっぽやと地底の炭坑夫への挽歌~「テネシーワルツ」「夢は夜開く」…

前田和男 翻訳家・ノンフィクション作家

「テネシーワルツ」 1952(昭和27)年
 作詞・作曲 P・W・キング、R・スチュワート
 歌 江利チエミ

 原作と映画化作品で、後者が前者を超えることはめったにない。

 戦前から戦後のある時期まで、とくにテレビよりも映画がエンタテインメントの王座に君臨していた時代には、著名な小説を原作にした「文芸大作」というジャンルが、ドル箱のひとつとしてゆるぎない地位を築いていた。

 たとえば川端康成の「伊豆の踊子」や三島由紀夫の「潮騒」などは、銀幕を代表する女優をヒロイン役にすえて何度もリメイクが繰り返されているが、いずれも「やられた、自分の作品を超えた」と原作者をうならせたという話は聞いたことがない。

 この二作にかぎらないが、「文芸大作」は一般大衆の受けをねらうため、原作をおとしめるケースが圧倒的に多いからだろう。

映画「鉄道員(ぽっぽや)」は原作を超えた?

拡大映画「鉄道員(ぽっぽや)」の舞台になった幌舞駅のモデルになったJR幾寅駅=2000年2月4日、北海道南富良野町

 そんななかで、例外といえるのは、1999年に封切られた「鉄道員(ぽっぽや)」である。原作は1997年に第117回直木賞を受賞した浅田次郎の同名の小説だが、それを収めた短編集が140万部も売れたのは、映画化が原作を超えたひとつの証明であろう。

 そこには、「ありえないこと」がいくつも重なっている。

 映画化が原作を超えるためには、ふつうは脚本と演出が抜きんでていなければならない。ところが、映画版「鉄道員(ぽっぽや)」では、原作にはないシーンを主役の高倉健と妻役の大竹しのぶが巧みに演じて原作をふくらませた効果は確かに認められるが、おそらくそれだけでは原作を超える歴史的ヒットとはならなかったろう。

 それを可能にしたのは、映画では「ありえないこと」ことだが、「脇役」どころか「端役」でしかない挿入歌の巧まざる効果によるものだった。

なんども繰り返される挿入歌「テネシーワルツ」

 その挿入歌とは、「テネシーワルツ」である。

 1948年にアメリカでカントリーミュージックの新曲としてリリース。1950年に当時絶大な人気のアイドル歌手であったパティ・ペイジがカバーしてミリオンセラーになった。2年後の昭和27(1952)年には日本に上陸し、何人かの日本人歌手がカバーしたが、江利チエミのバージョンがもっともヒットした。

 小説「鉄道員(ぽっぽや)」は、仕事一途な働きぶりのために、娘の死にも妻の死にも立ち会えない“ぽっぽや”の、仕事愛と家族愛の葛藤を描いた短編小説である。映画版は、その基本ストーリーは踏襲されているが、亡き妻の愛唱歌が「テネシーワルツ」というエピソードを追加。これに大きな役割を担わせている。

 二人の出会い、子宝にめぐまれたことを夫が運転する列車の前で告白するとき、子育てをしながら夫をまちわびるとき、2人で娘のためにクリスマスツリーを飾るときなど、ささやかだが幸せ感にみちた結婚生活の折々に妻がハミングし、いつしか夫も折に触れ口笛でメロディをなぞるシーンが、全編をつうじてなんどなく繰り返される。

拡大2001に廃止、03年に1日だけ復活したぽっぽや号。実際に映画「鉄道員」に登場した気動車(JR北海道旭川支社提供)

坂本龍一作曲の主題歌を超えて

 本来なら端役であるはずの一挿入歌が、この映画で主役並みの役割を果たしていることを観客が実感するのは、大団円だろう。

 主人公はたたき上げの機関士だったが、戦後日本の復興を支えて活気にあふれていた炭鉱町を終着とする盲腸線の駅長に着任。しかし、やがて町は閉山で寂れはて、主人公も娘と妻を失って一人駅長として単身で駅舎に寝泊りする日々がつづく。

 廃線・廃駅がきまった日からしばらくして、最終列車を見送ったホームで突然、体に不調を発し、翌朝、始発の前にやってきたラッセル車によって殉死体として発見される。

 ここでBGMとして粛々とかぶさるのは、亡き妻による「テネシーワルツ」のハミングである。思わず感情移入させられてしまう心憎い演出で、この映画の主役は「テネシーワルツ」なのではないかとさえ思わせてしまう。

 映画版「鉄道員(ぽっぽや)」にも、映画には付き物である主題歌がつくられている。坂本龍一が映画と同名タイトルの「鉄道員」を作曲、娘の坂本美雨に歌わせて、封切り前後には話題にもなった。それが映画の最後で長いエンディングロールと共に流れるのを私も聴いたはずだが、さっぱり記憶に残っておらず、「鉄道員(ぽっぽや)」というと条件反射的に「テネシーワルツ」が立ち上がってくる。

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筆者

前田和男

前田和男(まえだ・かずお) 翻訳家・ノンフィクション作家

1947年生まれ。東京大学農学部卒。翻訳家・ノンフィクション作家。著作に『選挙参謀』(太田出版)『民主党政権への伏流』(ポット出版)『男はなぜ化粧をしたがるのか』(集英社新書)『足元の革命』(新潮新書)、訳書にI・ベルイマン『ある結婚の風景』(ヘラルド出版)T・イーグルトン『悪とはなにか』(ビジネス社)など多数。路上観察学会事務局をつとめる。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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