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映画「鉄道員(ぽっぽや)」を歴史的名作にした三つの挿入歌~高倉健と戦後日本 後編

【47】地上のぽっぽやと地底の炭坑夫への挽歌~「テネシーワルツ」と「夢は夜開く」

前田和男 翻訳家・ノンフィクション作家

「夢は夜ひらく」は炭鉱閉山への“自棄の唄”

 “ぽっぽや”駅長が志村けん演じる流れ坑夫と親しくなるのは、駅前食堂で坑夫同士の喧嘩の仲裁に入ったことがきっかけだが、その後やけ酒をあおって正体をなくした臨時坑夫を放ってはおけず、男と子供を一間だけの炭鉱住宅へと送っていく。その道すがら、男は雪道でこけつまろびつしながら、ろれつの回らない声でうたう。

 ♪どう咲きゃいいのさ この私 夢は夜ひらく

拡大デビュー当時の藤圭子さん=1969年11月、神奈川・湘南海岸で
 本連載の18、19回で記したが、この「夢は夜ひらく」は、少年鑑別所と少年院の生まれで、夢とはせいぜい夜寝ているときに見るもので、昼間の世界で実際にかなうわけがない、という「自棄の歌」である。“詠み人知らず”を、藤圭子がなげやりな歌いぶりでカバーしてヒットさせたが、それはちょうど全国の産炭地で閉山が相次ぐ時期とも、またそれによってヤマを追われる坑夫たちの気分とも重なっていた。

 そもそも鉄道と炭鉱とはきわめて近い間柄にある。坑夫が地底から掘り出した石炭を“ぽっぽや”が運び、それによって戦後日本の復興は下支えされ、豊かな高度成長を準備した。しかし、石油へのエネルギー転換政策で石炭が用済みになると、最盛時には数十万人もいた地底の労働者たちはあっさりうち捨てられた。きっと彼らもまた、映画の流れ坑夫とおなじような怨嗟の思いをこめて、酒をあおりながら「夢は夜ひらく」をうたったことだろう。

 「鉄道員(ぽっぽや)」の原作では、主たるテーマは鉄道員で、炭鉱ははるか後景にある。いっぽう映画版は、「夢は夜ひらく」を「テネシーワルツ」に次ぐ挿入歌とすることで、鉄道と炭鉱の距離を現実に近づけ、映画に原作を超える訴求力を与えたのである。

連載18回「『檻の中』生まれの唄は、なぜまんまとシャバへ出ることに成功したのか? その1」は「こちら」から、
連載19回「『檻の中』生まれの唄は、なぜまんまとシャバへ出ることに成功したのか? その2」は「こちら」からお読みいただけます。

高倉健の過剰な熱演

 さらにこの短い回想シーンからは、もうひとつ新たな発見があった。

 高倉健演じる“ぽっぽや”駅長の、志村けん演じる流れ坑夫に対する接しぶりは、感動的ではあるが、いささか過剰である。坑夫の落盤事故死の後、遺児をひきとって面倒をみるまではすんなり受け入れられるが、遺児が望むイタリアでの料理人修行を応援するエピソードになると、唐突さとストーリー展開の乱れを覚える。

 しかし、今回関連資料をあたるなかで、その“過剰”さにこそ、高倉健のこの映画へのこだわりの根っこがあり、高倉の演技が共感を呼ぶ秘密もあると気づかされた。それは、高倉健にとっての父親という暗澹(あんたん)たる存在である。

拡大筑豊最大の規模を誇った三井田川鉱跡の立坑跡(筆者撮影)
 高倉健が筑豊出身であることは知られているが、父親が坑夫たちから“鬼の労務”と恐れられ、しかもその“鬼ぶり”たるや尋常ではなかったことは知らなかった。。
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筆者

前田和男

前田和男(まえだ・かずお) 翻訳家・ノンフィクション作家

1947年生まれ。東京大学農学部卒。翻訳家・ノンフィクション作家。著作に『選挙参謀』(太田出版)『民主党政権への伏流』(ポット出版)『男はなぜ化粧をしたがるのか』(集英社新書)『足元の革命』(新潮新書)、訳書にI・ベルイマン『ある結婚の風景』(ヘラルド出版)T・イーグルトン『悪とはなにか』(ビジネス社)など多数。路上観察学会事務局をつとめる。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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