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太田昌克さんに聞くウクライナの核危機(上)~プーチンへの不安

井上威朗 編集者

ロシア国内の社会的不安が高まる?

『核兵器について、本音で話そう』(新潮新書)拡大太田昌克、兼原信克、高見澤將林、番匠幸一郎『核兵器について、本音で話そう』(新潮新書)
──では、プーチン大統領は最初からこの東部を狙って軍事行動を起こした、と。

太田 東部の支配を確立することはウクライナ侵攻の主要な目的の一つだと思います。侵攻の計画性に関しては、バイデン大統領は「周到に計画されていた攻撃」と明言していますし、1年前から侵攻を企図して大動員をかけていたという英国シンクタンクの分析もあります。

 一方、日本の外務省の中には「プーチン大統領もギリギリまで決めてなかったんじゃないか」という見方もあります。2014~15年のミンスク合意では、東部の親ロ派実効支配地域に、「特別な地位」を与えると決めました。そのため、2021年末からウクライナ国境に大規模展開した10万を超える軍勢を後ろ盾に、その地位確立を目指す「強制外交」を進めるのがプーチン氏のそもそもの狙いなのではないか、そして、親ロ派地域の「独立国化」が既成事実になれば、プーチン氏の満足できる結果になるのではないか。そんな分析を私に説明するロシア通の外務省関係者もいました。ですが、実際、プーチンの思ったとおりには強制外交が進まなかった。だからギリギリまで考え悩んだ末、軍事行動に出てウクライナを侵攻した、という見立てです。

──そのどちらにしても、キエフを占領できていない3月末までの状況は、プーチンにとっては計算外だったのではないでしょうか。

太田 はい、おそらくプーチン氏は多勢に無勢で早ければ数日内でキエフを攻め落とす腹づもりだったのではないでしょうか。しかし現実は全くそうなっていない。SNSを通じた国内外の連帯の輪に支えられウクライナ側の士気が極めて高い上、西側の積極的な兵器提供やインテリジェンス共有もあってロシア軍は大苦戦している。またロシア軍は長大な補給線を維持する備えが十分できていなかった可能性があり、キエフへの全面侵攻に手間取ったのかもしれません。

 しかもこの間、西側の経済制裁がどんどん強化されていきました。なかでもロシア中央銀行の外貨準備の半分ほどが使えなくなり、手持ちのドルやユーロで暴落するルーブルを買い支えることができなくなった。また、ドル経済を支配する米国の非常に強力な金融制裁の余波を恐れた世界の多くの企業がロシアとの取引を手控え始めた。これもプーチン氏には大きな痛手となり、孤立感と焦燥感を深めているのではないでしょうか。

──欧州各国はカンカンになって怒ってますよね。ロシアへの対決姿勢を強めているように見えます。

太田 ロシアの石油や液化天然ガス(LNG)が得られなくなる恐れもあるのに、ドイツは殺傷性の高い兵器をウクライナに供与する決定をしました。これは第2次大戦のナチス・ドイツの反省から、戦後は海外紛争への関与を非常に抑制してきたドイツとしては、大きな政策転換です。歩兵がロシア軍のヘリコプターなどを撃ち落とせる地対空ミサイルのスティンガーなどが戦場でかなりの効果を上げており、ロシア軍に想定外のダメージを与えました。

 こうした兵器でキエフ侵攻が思い通りに進まず、ロシア側の死傷者が増大したことで、ロシア国内には動揺が広がっているはずです。ウクライナ側の発表では、すでに1万5000人以上の戦死者をロシア側は出している。ロシアは日本同様に少子化対策が重要な政治的課題で、一人っ子も少なくないと聞きます。そうなると、たった一人のわが子を戦争で亡くしたお母さん方のデモだっていずれ起きても不思議ではないでしょう。プーチン氏はそうした事態を恐れて反政府的な言動を許さない法整備を行いましたが、国内の社会不安は今後、確実に高まっていくのではないでしょうか。

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筆者

井上威朗

井上威朗(いのうえ・たけお) 編集者

1971年生まれ。講談社で漫画雑誌、Web雑誌、選書、ノンフィクション書籍、科学書などの編集を経て、現在は漫画配信サービスの編集長。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです