主演アミル・ジャディディに聞く「微笑み」の意味
2022年04月01日
第94回アカデミー賞で、濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』が作品賞、監督賞、脚色賞、国際長編映画賞(旧:外国語映画賞)の4部門にノミネートされ、かつてないほど日本でもオスカーの行方が話題になった。
結局、『ドライブ・マイ・カー』は国際長編映画賞を受賞したわけだが、4月1日から公開されるイランのアスガー・ファルハディ監督『英雄の証明』も実は同賞のノミネート候補(ショートリスト)になっていた。受賞を逃したからと言って、『ドライブ・マイ・カー』より作品として劣っていたかというと決してそうではないことは本作をみていただければ、ご理解いただけると思う(ちなみに『英雄の証明』は第74回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞しているし、数々の映画賞を受賞したという意味では引けを取らない)。
ファルハディ監督の名を世界に知らしめ、その地位を不動のものとしたのは、離婚しようとしている夫婦の心情を社会問題とともにスリリングに描いた2011年の『別離』だろう。ラストシーンの衝撃は、いまでも忘れられない。この作品はベルリン国際映画祭で金熊賞(最高賞)、銀熊賞(女優賞・男優賞)の3冠に輝き、アカデミー賞外国語映画賞など90以上のタイトルを受賞した。
以降、活躍の場をイラン国外にも広げ、『ある過去の行方』(2013年)、2度目のアカデミー賞受賞作となった『セールスマン』(2016年)、ペネロペ・クロスとハビエル・バルデムというスター俳優と組んだ『誰もがそれを知っている』(2018年)と話題作を撮り続けてきた。(『誰もが~』でこそ誘拐事件が描かれてはいるが)彼の手に掛かれば、ありふれた日常ですら極上のサスペンスになりえる──そう思わせる監督なのだ。
ただ、どうしても筆者の場合、『別離』との出会いが衝撃的すぎて、その後の作品に突き抜けたものを感じることができなかったのも事実。ところが『英雄の証明』では、それが見事に払拭されたと感じている。
借金に苦しむ主人公のラヒムは、17枚の金貨を拾う。最初こそ借金の返済に充てようと思うものの、良心の呵責から金貨を落とし主に返すことに。このことが美談としてマスコミに取り上げられ、ラヒムはいつしか英雄に祀り上げられていくのだが、実はこの金貨はラヒムの婚約者が拾った金貨だった……。
『英雄の証明』では、SNSを含むメディアの光と影に着目した点も興味深い。英雄になるのも一瞬、詐欺(ペテン)師と蔑まれすべてを失っていくのも一瞬。そう、すべてはメディアを通して、あっという間に拡散されていくからこそ、物語に起伏とスピード感が生まれている。
メディアに翻弄されてゆく主人公のラヒムを横目に、観ている側に倫理観も問いかける。私たちは日頃から嘘はついてはいけないもの、嘘は悪しきものという価値観の中にいる。ラヒムの取り繕うための嘘、ラヒムの婚約者が愛ゆえにつく嘘、ラヒムと同じ境遇だったタクシードライバーが同情心から良かれと思ってつく嘘、ラヒムの息子が父を守りたいがためにつこうとする嘘……。物語のそこかしこに登場する嘘は、悪意からではなく相手を思うゆえに出てくるものばかり。自分がその立場になったら、嘘をつかないと言い切れるのだろうかと自問自答せずにはいられない。
また、一見すると本作の悪役のような立ち位置に追いやられるラヒムの借金を肩代わりした元妻の兄もそう。お金を貸したら誰しも返してほしいと思う。それを誰が責められよう。
本作は、あえて誰が善人で誰が悪人であるかということを明確にはせずに、一人一人の心情を丁寧に描き、心の脆さを見せていく。人間という入れ物の中で揺れ動き生まれる「善」と「悪」。それがカメラを通して可視化されていくのだ。
今回、主演のラヒムを演じたアミル・ジャディディさんのインタビューの機会を得た。15分ほどではあったが、アミルさんの本作への思いを直接聞くことができた。
──ラヒムという主人公は、善い人なのか悪い人なのか一見わからないように描かれています。演じるにあたり苦労はありませんでしたか。
──具体的にラヒムのどんなところが共感できたのでしょうか。
ラヒムはいい人なんです。その「いい人」の部分が私がこうありたいと思ったところでもあったので、そこに共感しました。
──ラヒムを演じるにあたり、ファルハディ監督からアドバイスはありましたか。
監督自身の脚本でしたので、キャラクターを肌で感じるくらい知りつくしていました。「ラヒムは、シンプルなキャラクターだけどもバカではない」とはよく言っていましたね。ですから、単純でもバカでもない男を、物語の最初から最後まで同じ感じで演じないといけませんでした。
──劇中、ラヒムが常に微笑みを浮かべているのが印象的です。
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