井上威朗(いのうえ・たけお) 編集者
1971年生まれ。講談社で漫画雑誌、Web雑誌、選書、ノンフィクション書籍、科学書などの編集を経て、現在は漫画配信サービスの編集長。
※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです
太田昌克さんに聞くウクライナの核危機(上)~プーチンへの不安
共同通信社編集委員の太田昌克さんのオンラインインタビュー、(下)です。「日米核密約など核をめぐるさまざまなスクープを報じ、現在も各国の核政策を精力的に取材し続ける太田さんに、ロシア軍の原子力発電所への攻撃はどう考えればいいのか、日本をめぐる核の事情はどうなっていくのか、もっと掘り下げて教えてもらいました。
──ロシアは原子力発電所を攻撃して、核のテロ行為をするんじゃないかという話もありましたが。
太田 2月24日に侵攻を開始したロシア軍は、まずチェルノブイリ(チョルノービリ)原発を占拠。その後、ウクライナ南部にあるザポリージャ原発を制圧しました。
ですが、これらの原発を破壊して、ウクライナに決定的なダメージを与えるのか……という見方は成り立たないと思います。なぜなら、ロシア軍の攻撃は原子炉も冷却装置も狙っていません。福島であったようなメルトダウンを端から企図した攻撃をしていないのです。事務棟を攻撃しています。
──ロシア軍は核テロリストだ! と非難するのは言い過ぎかもしれないのですね。じゃあいったい何をしたいんですか。
太田 私は当初、チェルノブイリを押さえたのは、石棺で原子炉を封じ込めて不安定な状態にある4号機を押さえておきたいことに加え、使用済み燃料の確保を狙った動きかと見ていました。2000年に3号機が停止し、チェルノブイリ原発は閉鎖されたわけですが、使用済み燃料の中には核兵器に転用可能なプルトニウムが残っています。
──中に保存してあるプルトニウムを取りに行くんですか。
太田 すぐさま使用済み燃料内のプルトニウムを取り出すことは、さすがにしないと思いますが、核開発の源を確実に保全したかったのではないでしょうか。それは核セキュリティの観点からも重要な判断です。
さらにもう一つ、隠された狙いがロシアにあったのかもしれません。それは、プーチン氏が「ウクライナが核開発を目指している」という虚偽情報を発信しながら、軍事侵攻したこととも関係があります。つまり、チェルノブイリを早くに制圧し、核開発の虚偽情報を裏付ける「証拠」を何とかでっち上げる。そのうち「プルトニウムを抽出しようとしていた形跡を見つけた」などと主張する思惑がロシア側にあったのではないか……。ただ、最近になってロシア軍はチェルノブイリから撤退した。結局、ロシアの真の狙いは分からないままです。
──なるほど。でもバリバリ稼働しているザポリージャ原発を攻撃するのはさすがに危ないでしょう!
太田 ロシアはその危険を冒す価値があると考えたのでしょうね。3月に取材した米国のエネルギー省の高官は「原子力発電所を人質に取る」という政治目的という見方を示していました。ザポリージャ原発は、6基の原子炉を擁する、ウクライナ全体の約5分の1の発電量を賄うエネルギーの主要供給源なのです。まだ3月はとても寒いです。それなのにロシアが膨大な電力を押さえてしまった。ロシアにしてみれば「いつでもライフラインを止められるぞ」という脅しのカードを手に入れたことになるのです。
戦況が膠着したときに、ゼレンスキー大統領を屈服させるカードの一つに使おうと考えたのかもしれません。一方で最近、外交筋から聞いたのですが、ザポリージャ原発を襲撃したのはロシアの正規軍ではなく、ロシアの後ろ盾を受けながら、チェチェンの独立闘争を封じ込めようとしてきたチェチェン親ロ派武装勢力との情報もあるそうです。勢い余って原発を攻撃し、逆にロシア正規軍がビビっているのかもしれない。
──日本もそうですが、大型の原発で集中的に発電するのにはリスクもあるんですね。
太田 安全保障上の要衝になりうるエリアにおいて、原発を集中立地させるのは非常に潜在的なリスクが高い、という現実を今回改めて見せつけられたのだと思います。