2022年04月05日
太田昌克さんに聞くウクライナの核危機(上)~プーチンへの不安
共同通信社編集委員の太田昌克さんのオンラインインタビュー、(下)です。「日米核密約など核をめぐるさまざまなスクープを報じ、現在も各国の核政策を精力的に取材し続ける太田さんに、ロシア軍の原子力発電所への攻撃はどう考えればいいのか、日本をめぐる核の事情はどうなっていくのか、もっと掘り下げて教えてもらいました。
──ロシアは原子力発電所を攻撃して、核のテロ行為をするんじゃないかという話もありましたが。
太田 2月24日に侵攻を開始したロシア軍は、まずチェルノブイリ(チョルノービリ)原発を占拠。その後、ウクライナ南部にあるザポリージャ原発を制圧しました。
ですが、これらの原発を破壊して、ウクライナに決定的なダメージを与えるのか……という見方は成り立たないと思います。なぜなら、ロシア軍の攻撃は原子炉も冷却装置も狙っていません。福島であったようなメルトダウンを端から企図した攻撃をしていないのです。事務棟を攻撃しています。
──ロシア軍は核テロリストだ! と非難するのは言い過ぎかもしれないのですね。じゃあいったい何をしたいんですか。
太田 私は当初、チェルノブイリを押さえたのは、石棺で原子炉を封じ込めて不安定な状態にある4号機を押さえておきたいことに加え、使用済み燃料の確保を狙った動きかと見ていました。2000年に3号機が停止し、チェルノブイリ原発は閉鎖されたわけですが、使用済み燃料の中には核兵器に転用可能なプルトニウムが残っています。
──中に保存してあるプルトニウムを取りに行くんですか。
太田 すぐさま使用済み燃料内のプルトニウムを取り出すことは、さすがにしないと思いますが、核開発の源を確実に保全したかったのではないでしょうか。それは核セキュリティの観点からも重要な判断です。
さらにもう一つ、隠された狙いがロシアにあったのかもしれません。それは、プーチン氏が「ウクライナが核開発を目指している」という虚偽情報を発信しながら、軍事侵攻したこととも関係があります。つまり、チェルノブイリを早くに制圧し、核開発の虚偽情報を裏付ける「証拠」を何とかでっち上げる。そのうち「プルトニウムを抽出しようとしていた形跡を見つけた」などと主張する思惑がロシア側にあったのではないか……。ただ、最近になってロシア軍はチェルノブイリから撤退した。結局、ロシアの真の狙いは分からないままです。
──なるほど。でもバリバリ稼働しているザポリージャ原発を攻撃するのはさすがに危ないでしょう!
太田 ロシアはその危険を冒す価値があると考えたのでしょうね。3月に取材した米国のエネルギー省の高官は「原子力発電所を人質に取る」という政治目的という見方を示していました。ザポリージャ原発は、6基の原子炉を擁する、ウクライナ全体の約5分の1の発電量を賄うエネルギーの主要供給源なのです。まだ3月はとても寒いです。それなのにロシアが膨大な電力を押さえてしまった。ロシアにしてみれば「いつでもライフラインを止められるぞ」という脅しのカードを手に入れたことになるのです。
戦況が膠着したときに、ゼレンスキー大統領を屈服させるカードの一つに使おうと考えたのかもしれません。一方で最近、外交筋から聞いたのですが、ザポリージャ原発を襲撃したのはロシアの正規軍ではなく、ロシアの後ろ盾を受けながら、チェチェンの独立闘争を封じ込めようとしてきたチェチェン親ロ派武装勢力との情報もあるそうです。勢い余って原発を攻撃し、逆にロシア正規軍がビビっているのかもしれない。
──日本もそうですが、大型の原発で集中的に発電するのにはリスクもあるんですね。
太田 安全保障上の要衝になりうるエリアにおいて、原発を集中立地させるのは非常に潜在的なリスクが高い、という現実を今回改めて見せつけられたのだと思います。
──では、日本における核のリスクの話もうかがいたいです。ロシアがウクライナの原発を攻撃したように、中国が日本に核をめぐって何か怖いことをする可能性はあるのですか。
太田 もともと、中国の核戦略は抑制的なものでした。ロシアや米国などは退役待ちのものも含めて5000発以上もの核弾頭を持っていますが、中国は昨年(2021年)時点で350発程度と米国の専門家が指摘しています。しかし、2020年以降の中国はICBM(大陸間弾道ミサイル)を今後、100発単位で増やしていく動きを見せています。中国内陸部でICBMの地下発射基地(サイロ)を大量に建造していることが昨年、衛星画像によって暴露されました。その数は250にものぼります。仮にこれがすべて完成し、一つのミサイルに核弾頭が4発搭載されれば、弾頭総数は1000のオーダーに乗ります。
──そのミサイルはどこを狙っているのですか。
太田 米国北西部にあるICBMサイロ、さらに他の重要な核兵器関連施設、政治の中枢であるワシントン……詳細は私も存じ上げませんが、大陸間を瞬時に飛翔する戦略核です。狙いは最大の競争相手であり、潜在敵国の米国です。
これまでの中国は、米国が核攻撃を仕掛ければこれに核報復できる「最小限抑止」という戦略の下、米ロのような1000発単位で核を保有する熾烈な核競争には参戦してこなかった。あくまでも米国の先行的な核攻撃を抑止することに大きなウエイトがあった。ですが、習近平体制下の中国からは、米国と張り合うために、「大国の証」として核戦力を大幅に増強し、どうも米国と伍していこうという意図が感じられなくもない。
この動きは、台湾や日本の安全保障を考えると極めて深刻です。中国が核への依存を深めれば、世界はさらに濃い「核の影」におびえなくてはならない。核を巡る不気味なうねりがアジアで新たに巻き起ころうとしているのです。
──そのうねりに対して、日本国内での意見は分かれていそうですね。
太田 核兵器に依拠した抑止力をとにかく重視する安全保障の専門家コミュニティと、核リスクの低減を重んじて核軍備管理・軍縮を訴えるコミュニティがありますが、残念ながら、それぞれ自分たちの土俵の上でそれぞれの論理で議論を展開する傾向があり、これまであまり交わってこなかった。双方が同じ土俵に上がる「他流試合」がほとんどなかったと言ってもいいのかもしれません。
──それが今回の共著『核兵器について、本音で話そう』(新潮新書)になったのですね。
太田 あいうえお順で私の名前が最初に出てくるのですが、司会は兼原さんで、そこに元陸将の番匠幸一郎さんと、軍縮会議日本政府代表部大使をされた髙見澤將林さんが加わった。4人で核共有や非核3原則、核密約の評価などについて議論を重ねました。
北朝鮮の核リスクをどう削減し非核化につなげられるのか、という話もしました。あるいは先ほど申し上げた中国の核軍拡をどう考えるか、という論点。対談は今回のウクライナ侵攻の5カ月前でしたが、ロシアの核の危険性についても論じています。それから核戦力の指揮統制系統を無力化し得るサイバー攻撃の問題点も議論しています。明快な「解」は簡単に出てきませんが、「軍備管理・軍縮」と「安全保障」の両方に目配りした交わる議論をしっかり積み上げていく「最初の一歩」になれば、という思いが込められています。
──私が担当編集をさせていただいた時の経験から考えると、太田さんは核軍縮寄りで、他のお三方は安全保障寄り。議論がかけ離れそうな心配もありますが。
太田 いや、私はたしかに核兵器は廃絶すべきだと思っていますが、抑止力を完全否定しているわけではないのです。通常戦力やミサイル防衛、さらにサイバーやレーザー、電磁波などノンキネティック(非運動性)な攻撃技術の進歩もあるわけですから、安全保障政策全体を考える上で、核兵器への依存度を日米や中ロなどが大幅に下げていく具体的な道筋を描いていく必要があると考えています。それが「核なき世界」への道にも繋がる。なるべく核に依存しない「抑止力の総和」をいかに確保していくか、軍縮と安全保障の双方の論理を組み合わせた専門知と経験知の抽出が今こそ求められている。目下、核共有の議論が盛り上がっていますが、それは恐らく「解」ではないと思います。
──でも、政府の内部の人と外部のジャーナリストとでは、情報量に差があるから、少し厳しい論戦になったのでは。
太田 私は「完全アウェー」の気分でこの他流試合に臨みましたが、兼原さんら政府内で動いてこられた方々から学ぶべきポイントも多かった。お三方のおかげで意義のある本になったと自負しています。近年の日本や米国の核政策や、核をめぐる日米の政策調整の現実などが立体的に浮かび上がる内容になりました。
──私が広島にルーツのある人間だからかもしれませんが、やはり被爆体験を持つ日本ならではの議論をしてほしいなあとは思います。
太田 私も全く同じ思いです。人類の歴史において、軍事大国化しなかった経済大国は極めて少ない。日本はそうした経験を、自分たちでもっと高く評価すべきではないでしょうか。元外務事務次官の栗山尚一さんもこうおっしゃっています。「経済大国の軍事大国化が歴史の必然であるとすれば、日本の生き方はこの歴史に対する有意義な挑戦である」と。
いま、ウクライナ侵攻という形でむき出しの暴力が無辜の市民に容赦なく行使されています。そんなことは絶対に許されないし、侵略者にはとてつもない代償を支払わせる必要がある。
一方、国際社会は第2次大戦と冷戦を経て「力の体系」から「価値の体系」を重んじる国際システムに移行しようとする営為を地道に続けてきた。プーチン氏によってそれが完全に覆されたかのように見えますが、日本という国が戦後77年かけて築いてきた価値や道徳はそんな簡単に弱体化するものではないと確信しています。
──日本の戦後の歩みをみくびっちゃいけないよ、ということですね。
太田 ええ、「戦時」の今だからこそ、私たちは歴史に学んでバランスのある議論をできるはずです。核廃絶と平和主義を一貫して掲げてきた日本の外交力も、その真価がまさに試されています。
──ぜひ議論、やりましょう。ですが、カメラの向こうで太田さんの携帯がむちゃくちゃ鳴っていますね。
太田 次の取材の時間に入ってしまいました。続きは今度、ビアガーデンで!
──はい、リアルでの議論系飲酒、楽しみにしています!!
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