府中市美術館「春の江戸絵画まつり」の魅力
2022年04月08日
江戸絵画の魅力を様々な角度から紹介している府中市美術館(東京都)に「ふつうの系譜」展が帰ってきました。2020年春、コロナ禍のため途中で幕を下ろさざるを得なかった展覧会が2年の時を経て、再び開幕したのです(2022年5月8日まで)。
いったん終了した展覧会が、同じ形で開かれるのは異例のことです。企画展では、テーマに沿った作品をいくつもの美術館、博物館や個人、社寺などから借りて構成するケースが多く、もとの所有者に返却した作品をもう一度集め直すのは、極めて難しいからです。しかし、「ふつうの系譜」は、出品作のほとんどが敦賀市立博物館(福井県)の収蔵品で、同館の全面的な協力が得られたことにより実現しました。
「ふつうの系譜」展について「論座」では、開幕直前の2020年2月に担当学芸員の金子信久さんに、この展覧会の魅力を伝える原稿を寄せていただきました。作品群とどう向き合ったか、「ふつう」ではない手間を掛けた図録製作の裏側などを紹介した原稿を、もう一度掲載します(原稿は一部更新・編集しました)。展示の名品を紹介した連載「疲れた心にきれいな絵を」もあわせてお楽しみください。(編集部)
毎年春に府中市美術館で開催してきた江戸絵画の展覧会は、2019年の「へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで」で15回目。ありがたいことに、毎回来てくださる方もいるし、2012年から冠するようになった「春の江戸絵画まつり」というシリーズ名を覚えてくださっている方も大勢いて、企画担当者としては、ただただ嬉しい。
サブタイトルは、〈「奇想」があるなら「ふつう」もあります―京の絵画と敦賀コレクション〉。メインタイトルと合わせると、ひと昔前の2時間ドラマ並みの長さだが、もちろん、それを狙ったわけではない。「ふつうの系譜」だけでは何のことだかわからないと思い、必要な説明を付けたら、長くなってしまったのである。
ネットの反応や、色々なやりとりから感じるのは、このおかしなタイトルが、やや一人歩きしているかもしれない、ということである。これは少し不安である。タイトルのウケの良さだけに頼らずに、展覧会で見てほしいこと、考えてほしいことを、自分の中でもう一度、落ち着いて確認する必要があるようだ。
そこで、この機会に、私自身が出発点に戻るつもりで、展覧会のここまでを振り返ってみることにした。
連載「疲れた心にきれいな絵を」
府中市美術館「ふつうの系譜」展から
①「もふもふ」動物を愛でる
②典雅な「やまと絵」、土佐派の魅力浮田一蕙「隅田川図」(部分)=敦賀市立博物館蔵、2022年は前期展示
③細やかな春景色に憩う
④安らかさの象徴、鶉になごむ
⑤思い思いに虎いろいろ
⑥古典文学を生き生きと
⑦不老不死のめでたさに祈る
この展覧会は、はじめからタイトルがあったわけではない。あったのは、とにかく展示したい作品である。福井県の敦賀市立博物館所蔵の、江戸時代から近代にかけての日本絵画のコレクションである。今回の展覧会では、「敦賀コレクション」と呼ばせていただいている。
敦賀市立博物館は、昭和初期の銀行の建物を使った施設で、建物は重要文化財に指定されている。近年、大掛かりな修理も行われて、賑わう港町敦賀のシンボルだった、かつての美しく豪華な姿を見ることができる。重厚、かつ、しっとりとして静かな空気を湛えた、ロマンティックな空間だ。
美術の展示では、300点を超える日本絵画のコレクションを活用して、例えば19年は、近代の敦賀の文人画家、内海吉堂(うつみ・きちどう)の展覧会が開催されている。内容の濃い、この画家の魅力と深みがよくわかる展覧会だった。
昨今、江戸時代の絵画は人気がある。とはいえ、それを引っ張っているのは、伊藤若冲(いとう・じゃくちゅう)や曽我蕭白(そが・しょうはく)ら『奇想の系譜』に取り上げられた画家と、昔から変わらない大衆的人気を誇る浮世絵師だ。もちろん、尾形光琳(おがた・こうりん)らの琳派や、池大雅(いけの・たいが)や与謝蕪村(よさ・ぶそん)らの文人画も有名だし、人気もあるが、日本美術や美術館などあまり興味がないという人をも惹(ひ)きつけているのは、「奇想」の画家たちだろう。
ところが、敦賀コレクションには若冲や蕭白の作品は一点もないし、宗達(そうたつ)も光琳もない。浮世絵も、何点かの肉筆画を除けば、ほぼコレクションの対象外だ。
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