メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

「時代劇マガジン」元編集長と語る「カムカムエヴリバディ」のリアル

東映太秦映画村、大部屋、『ラスト サムライ』、大川橋蔵……

ペリー荻野 時代劇研究家

家族で時代劇を観るのが当たり前

ペリー こんにちは。サニー(ひなた)の3歳年上の姉、ペリーです。勝手に姉になってしまいました。ちなみにベリー(るいの友人・野田一子)ではありません。

宮島 知ってます(笑)

ペリー 宮島さんとは、「時代劇マガジン」で、里見浩太朗さんの「水戸黄門」、片岡鶴太郎さんの「八丁堀の七人」、北大路(欣也)さんの「子連れ狼」をはじめ、たくさんの時代劇を太秦の現場で取材しましたよね。東映と松竹のセットや控室で、多い時はスタッフさんを含めて一日10人以上のインタビューをしました。出演者の常宿で、実際に(子連れ狼の子役)大五郎カットにした小林翼くんといっしょに朝ごはんを食べたこともよい思い出です。それだけに「カムカム」は、これだ! と膝を打つ場面が多く、お世話になったみなさんの顔が浮かびました。

東映太秦映画村では天気がいい休日にチャンバラのショー拡大東映太秦映画村のチャンバラショー

宮島 このドラマでは、100年の間の時代劇のリアルな歴史がよく描かれていましたよね。東映太秦映画村がオープンしたのが1975年、ひなたが「ミス条映コンテスト」に出たのが83年。これも東映撮影所の歴史と重なってます。

ペリー 時代劇が映画からテレビに移っていったことも描かれてましたね。その象徴がモモケンこと桃山剣之介(尾上菊之助)で、剣之介が亡くなり、彼の息子である団五郎(尾上菊之助が二役)が二代目・桃山剣之介を襲名することになると、ラジオの名物パーソナリティの磯村吟(浜村淳)は「片や銀幕の時代劇スター、片や団五郎はテレビ俳優です。さあ、その名前にふさわしい活躍ができるかどうか」と言ってました。

“映画の時代”と“テレビの時代”で2役を演じた尾上菊之助さん拡大「カムカムエヴリバディ」で、“映画の時代”と“テレビの時代”で二役を演じた尾上菊之助さん

宮島 浜村淳さんの語りはよかったよね。

ペリー ひなたの部屋に「大江戸捜査網」(1970~2015)の名文句「死して屍拾う者なし」の文字が掲げてあって、笑いました。私は下敷きに必殺シリーズの新聞切り抜き記事をはさんでる中学生でしたけど、さすがにセリフを毛筆で書いて部屋には飾ってなかった。負けました。

宮島 何を競っているんですか。とはいえ、僕も小学生時代、「水戸黄門手帳」を作って、各話のサブタイトルと自分なりの評価で◎から×までつけてました。ひなたの言葉にも、つらいときにお父さんの膝の上で時代劇を見たというのがあったけど、だいたい僕らの世代は、祖父母や両親の影響を受けて、家族で時代劇を見ていますよね。

ペリー ブラウン管テレビが茶の間に1台という時代でしたから。

宮島 家族で時代劇を見なくなったことが、時代劇の危機につながったと僕は思います。撮影所の大部屋の若手俳優で、ひなたの恋人になった文四郎(本郷奏多)が「何にも新しいことをやらない」って言ったけど、

・・・ログインして読む
(残り:約1416文字/本文:約2947文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

ペリー荻野

ペリー荻野(ぺりー・おぎの) 時代劇研究家

1962年、愛知県生まれ。大学在学中よりラジオパーソナリティを務め、コラムを書き始める。時代劇主題歌オムニバスCD「ちょんまげ天国」のプロデュースや、「チョンマゲ愛好女子部」を立ち上げるなど時代劇関連の企画も手がける。著書に『テレビの荒野を歩いた人たち』『バトル式歴史偉人伝』(ともに新潮社)など多数。『時代劇を見れば、日本史はかなり理解できる(仮)』(共著、徳間書店)が刊行予定

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

ペリー荻野の記事

もっと見る