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「カムカムエヴリバディ」は怒濤の伏線回収で朝ドラを制御し、傑作になった

矢部万紀子 コラムニスト

 朝ドラ「カムカムエヴリバディ」(NHK)のひなた役・川栄李奈さんが4月1日、「あさイチ」(同)に出演した。第一声は、「おはようございます。今日は1時間、文ちゃんとデイジーについて語りたいと思います」。

「カムカムエヴリバディ」(NHK)のヒロインの一人、ひなた役の川栄李奈さん=撮影・篠田英美「カムカムエヴリバディ」(NHK)のヒロインの一人、ひなた役の川栄李奈さん=撮影・篠田英美

 ひなたはこの2日前、元カレ・文ちゃんから「デイジーにプロポーズする」と報告された。再び振られてしまった感じで、ネット界では「文ちゃんひどい」の反応も多数。自らそこにのっていく川栄さんの賢さに感心しつつ、気になるのはひなたの母・るい(深津絵里)と祖母・安子(上白石萌音)のこと。その日の放送で、ハリウッドから来たキャスティングディレクターのアニー・ヒラカワ(森山良子)=安子はほぼ確定した。とはいえ、アニー自身はそれを激しく隠しているし、翌週が最終週、つまり5話しか残されていない。いろいろと、間に合うのかー?

 と、気を揉ませるのが、「カムカムエヴリバディ」の日常だった。安子、るい、ひなたという3世代100年の物語を描く脚本は、15年前にも朝ドラを書いた藤本有紀さん。2度目だからこそ「新しい朝ドラ」をつくろうと決意した。そう前半終了時に書いた。が、すべてを見終えて感じたのは、藤本さんのもう一つの決意だった。

「カムカムエヴリバディ」の「不穏な未来」と「暗闇」が表す傑作の予感

 朝ドラを徹頭徹尾制御する。そういう意志を感じたのだ。作品の方向を定める。そうしたら右往左往せず、それに徹する。最後を見据え、そこに向かって物語を動かす運転手は自分。周囲の声、過去作品、そういうものに気を取られない。そんな意志。

 すると「あさイチ」の川栄さんも、少し違って見える。朝ドラを俯瞰で見ていた。適正距離を取れている、その表れが第一声。藤本さんの意志が出演者にも浸透し、だから「カムカムエヴリバディ」は“傑作朝ドラ”になった。そう思える。

伴虚無蔵の言葉に涙がこぼれて……

 最終週、あらゆることが怒涛のごとく回収された。「伏線ですよ」と合図し、回収したもの。モヤモヤさせて、「こうだったんですよ」と明かしたもの。合図なしで、過去と今とを結びつけたもの。全てに無理がなかった。それが「制御」だったと思う。

 朝ドラに振り回されない。これが案外難しい。歴史も長ければ、尺も長い。それが朝ドラだから。そこにひるんでしまうと、自在に運転できなくなる。朝ドラという器に合わせることに終始する。1、2週単位でエピソードを収め、その繰り返しでなんとか最後にたどり着く。結果、最も単純な“残念な朝ドラ”になってしまう。

 その点、「カムカムエヴリバディ」は最初から最終話を見据えつつ、大胆に書いた作品に見えた。100年のスケールで伏線を回収するには、大変な力量が必要だろう。だが、単なるテクではないところが、この作品のすごさ。人生とはつなぎつながり、どこかに行き着くもの。それが通奏低音として流れていた。

 体現していたのが、伴虚無蔵(松重豊)だ。ひなたが勤める映画村の道場で、稽古を怠らない大部屋俳優。彼はたびたびこう言う。「日々鍛錬し、いつ来るとも分からぬ機会に備えよ」。

 結果はすぐには出なくても、いつかは必ず出る。そういうメッセージとして、大勢の心をとらえたことはネットニュースなどで目にしてはいた。でも、近所の小さな居酒屋で、会社員同士がこの台詞の話をしていた時は驚いた。

 3月のある日、アラフォーくらいの男女3人組だった。1人が「最近、気に入っている」と虚無蔵の台詞を口にした。みんな知っているようだった。飲み屋でドラマの話題を耳にしたのは「あまちゃん」と「半沢直樹」以来だから、もう9年も前だ。世のテレビ離れは加速する一方だから、すごいことだと思う。

松重豊さん伴虚無蔵の名台詞が話題になった松重豊さん

 虚無蔵とひなたは最終週、マスクで向き合った。つまり2022年。ラジオ英語講座の講師を依頼された、とひなたが告げる。虚無蔵は「なんとな」と言って目を輝かせた。迷っているとひなたが続けると、こう言った。「そなたが鍛錬し、培い、身につけたものはそなたのもの、一生の宝となるもの。されどその宝は、分かち与えるほどに輝きが増すものと心得よ」。

 聞いた瞬間、涙がこぼれた。虚無蔵は高校生だったひなたを見込み、以来ずっと見守ってきた。そして、今のひなたの「宝」を評価している。ひなたへの信頼と、人生への信頼。両方が伝わってきて、泣けた。

雪衣との和解、たちばなのおはぎ、大阪の小川さん……

森山良子=大野洋介撮影アニー・ヒラカワ/安子役の森山良子さん=撮影・大野洋介

 最終週の中心で描かれたのは、るいと安子の再生の物語だった。アニーがラジオ番組に出演、突然、日本語を話しだす。映画「黍之丞シリーズ」(説明省略)を引き金に、娘との別れを語るのだ。最後は「るい……るい……お母さんあれから何遍も考えたんよ、なんでこねえなことになってしもたんじゃろって」と語りかけた。そして、るいの前から消えることが、るいにしてやれる唯一の詫び方で、祈り方。そう思った、と振り返った。

 なるほど、よくわかった。だから突然アメリカに行き、日本に来てからも英語で通したのか、と。そこからひなたが獅子奮迅の活躍を見せ、安子とるいとの和解となった。「アイ・ヘイト・ユー」から「アイ・ラブ・ユー」の大団円。が、個人的により心に残った和解への道は最終週に入る1話前、叔母・雪衣(多岐川裕美)とるいのシーンだった。

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