2022年04月26日
ある小売関連会社のマーケティング部長(30代男子)から、こんな話を聞いた。会社帰りの電車で「スカウトが届くハイクラス転職サイト」(CMでおなじみ)にアクセス、軽い気持ちでポチポチ登録したところ、家に着いたら3社からオファーが届いていた、と。5年ほど前のことだった。
マーケティングってすごいんだー、と感心したものの、それきり忘れていたのを思い出したのは、吉野家を解任された伊東正明元常務が「マーケティングのプロ」とされていたからだ。すごくイケてるはずの人が、早稲田大学という学問の場で「生娘をシャブ漬け」だの「田舎から出てきた右も左も分からない若い女の子を無垢、生娘なうちに牛丼中毒にする」だの、なんたるトンデモ発言だろう。
私は今回、生まれて初めて「生娘」という単語を発音した。今どきどころか、20年前でもありえないと思うから、吉野家が4月19日に彼の取締役解任(18日付)を発表したのも当然だ。放置していたら不買運動が起こっても不思議はなかった。
女性蔑視、地方蔑視、ジェンダー感覚なし、顧客に失礼。そういう指摘は、もう山のようにされていて、以上終わり、でいいのだが、この人のマーケティング的な吉野家像について思ったことがあるので、それを書こうと思う。
彼の発言の出発点は、吉野家を「弱者ビジネス」と捉えたことだったと思うのだ。女性への露骨な見下し感。それを隠さないのは、そもそも吉野家を「弱者相手の商売」だと判断したことから始まっていると思う。
女性=男性でない=弱者。そう認識している男性は多いだろう。が、口にするかどうかは別だ。ところが彼はそれを口にした。しかも女性はないがしろにしてよい存在だという最悪の本音まで公にしてしまった。だが、彼が生活用品大手のプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)にいたままなら、こうはならなかったのではと思う。
このことがあったから読んだのが、『プロフェッショナルマーケター──マーケティング最先鋭の言葉』という本だ。マーケティングの世界で名を成した18人の体験談とそこからの教訓を説いたもので、彼も18人のうちの1人だった。
退職にあたっては「従来と違うビシネスに関わりたい」「日本を何とかしたい」という気持ちで次の仕事を探し、「そのことをヘッドハンターにも伝え、いろいろ魅力的なオファーをいただいた中で選んだのが吉野家でした」と書いていた。
「日本を何とかしたい」気持ちが、なぜ吉野家だったかの説明はない。が、彼へのオファーは、たぶん私の知るマーケティング部長よりもずっと多かっただろうし、その中から選ぶには相応の理由があったはずだ。でも彼は、吉野家への転職に100%納得してはいないのでは? 本を読む前に思ったし、読後もその印象は変わらなかった。
あの発言からは、吉野家への愛のなさがもれにもれていた。反射的に、彼は「上の企業から下の企業への転職」と思ってるのだろうなと感じた。条件は相当良かっただろうから、「都落ち」には当たらないだろう。が、たぶん彼は「グローバル展開の外資系企業」が上で、「日本由来の外食企業」は下と思い、入社から4年経っても「残念感」を心に抱えていた。
根底にあるのは、吉野家の顧客の低所得イメージだったと想像する。例えばP&Gの洗濯洗剤アリエールなら年収が何千万円という家でも使うだろう。だけど、吉野家のヘビーユーザーにそういう人はめったにいない。そのことが、ずっと残念だったのではないだろうか。
『プロフェッショナルマーケター』にこういう記述があった。
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