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戦場でのおびただしい〈死〉の報に触れながら

戦争と平和、非日常と日常、善と悪――翻弄されることで見える何か

古川日出男 小説家

〈非日常〉によって現れた〈日常〉

 考えるためには材料が要る。これは「対象が必要とされる」と言い換えられる。

 たとえば人はその視野に戦争が対象物として入らなければ、普段は平和について考えるということはあんまりしない。ここで重要なのは、平和のただなかにいる人間は、それを平和だとは認識できないのかもしれない、と言えてしまうことだ。

 が、考えてみるとこれは不思議極まりない。そうだとすると、私たちが平和を手に入れるためには、つねに戦争の脅威が要る、となってしまう。その種の脅威が、かたわらにであれ、あるいは目の前にであれ。

 対置される概念はいつだって不思議だ。

 いまは戦争と平和を並べた。この2年ほどの間にもっとも対置された概念は、たぶん非日常と日常である。その非日常とは新型コロナウイルスのパンデミック状態を指す。

 なかでも2020年の春から初夏にかけて、私たちは「学校に行かない」だの「職場に行かない」だの「友だちに会わない」だの場合によっては「家族に会わない」だの、さまざまな制限のかけられた生活というのを初めて体験して、「いま〈日常〉が奪われている」と感じたし、それがどういうことなのかを深く考え出した。

 すなわち非日常が現われることで、初めて日常が(思考の対象として)出現した、と言えるのだけれども、日々かたわらにあるのが〈日常〉なのだから、これも本当に不思議なことだ。

拡大東京都世田谷区の公園では、コロナ感染防止のため使用が禁じられた遊具がブルーシートで覆われていた=2020年4月29日


筆者

古川日出男

古川日出男(ふるかわ・ひでお) 小説家

1966年生まれ。1998年、長篇小説『13』でデビュー。『アラビアの夜の種族』(2001年)で日本推理作家協会賞と日本SF大賞を受賞。『LOVE』(05年)で三島由紀夫賞、『女たち三百人の裏切りの書』(15年)で野間文芸新人賞、読売文学賞。他に『サウンドトラック』(03年)、『ベルカ、吠えないのか?』(05年)、『聖家族』(08年)、『南無ロックンロール二十一部経』(13年)など。11年、東日本大震災と原発事故を踏まえた『馬たちよ、それでも光は無垢で』を発表、21年には被災地360キロを歩いたルポ『ゼロエフ』を刊行した。『平家物語』現代語全訳(16年)。「群像」で小説『の、すべて』連載中。「新潮」(2022年4月号)に戯曲『あたしのインサイドのすさまじき』を発表した。新刊『曼陀羅華X』(新潮社、3月15日刊行)。音楽、演劇など他分野とのコラボレーションも多い。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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