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ロシアで、世界で、「表現の自由」を守り抜く闘い

連帯して危機を克服する演劇人たち、かき消されそうになる声に耳傾けながら

野田 学 英文学者・明治大学教授

 ウクライナ侵攻にともない、ロシア国内では「表現の自由」が奪われています。そこで何が起きているか、そして世界各地から聞こえる声は――。世界50の国・地域が加盟するユネスコ傘下の文化団体「国際演劇評論家協会(AICT-IATC)」の本部理事14人の一人、明治大学教授の野田学さんがつづります。

ロシア代表の饒舌、「情報拡散」刑期は15年

 2022年3月13日、オンラインで開かれた国際演劇評論家協会(AICT-IATC)の理事会に出席したロシア代表は、彼の立場を気遣う各国代表たちに、いつにも増して饒舌に語っていた。

 「今までだって十分政府批判はしてきたけれど大丈夫だったから。ただ、今度は刑期が15年なので……」

 ロシアでは3月4日、「虚偽の情報拡散」に対して最大15年の禁錮刑にする法律ができた。

 AICT-IATCロシアセンター(AICT-IATCは各国の組織をセンターと呼ぶ)は、侵攻が始まった翌2月25日、ウクライナセンター宛てに友愛のメッセージを送っていた。

親愛なるウクライナ・センター会員ならびに友人たちへ

 私たちは自国政府によってウクライナの人々に行われている軍事行動に戦慄し、これを非難します。

 そして、私たちの抗議をあらゆる手段で表明することで、この戦争に反対する請願と署名活動を行います。

 私たちは恥と無力感に苛まれています。

 皆さまの安全をお祈りしております。

 演劇こそが常に人間らしさを支える空間であり続けますように。

 AICT-IATC本部(パリ)は、これを即座にホームページで公開し、以下のコメントを併記した。

 AICT-IATCは、その主な使命のうちに、グローバルな表現の自由を促進すること、異文化間の橋を架けること、そして何時であろうと自由が束縛されるときにはそれを擁護することを掲げています。

 AICT-IATCはロシア政府に対して、自国内における自由で平和的な異議表明を許容し、主権国家の境界を尊重することを求めます。

 表現の自由は、世界中の自由を愛する人々を結ぶ絆となっています。私たちはロシア政府に対し、現在の弾圧の歩みを止めるべく、強く要請します。

Roman_studio/shutterstock.com
 「表現の自由」は演劇、そしてそれを論じるAICT-IATCにとって、第一に守らねばならないものである。そのうえで、本部のコメントには、ウクライナに寄せる思いとともに、ロシアセンター会員ならびにロシア国内で抗議を行っている人々の安全への配慮がにじんでいる。

 AICT-IATCロシアセンターは勇敢にも、ウクライナと世界に向かって意見を表明した。ただし彼らがその後、どれだけの抗議活動ができているのかは分からない。

 3月13日の理事会でのロシア人理事の饒舌が不安の裏返しであることを、われわれは察していた。彼の存在はロシア当局も知っているだろう。私は彼に「してほしくないことがあったら、言ってね。とにかく無事を祈る」としか言えなかった。

ドアに「Z」、暴力が燃え上がる「時の刃先」

 3月27日は「世界演劇の日」だった。国際演劇協会(ITI)は毎年この時期に記念行事を行っている。今年はオンライン開催だったが、メインイベントとして、アメリカのオペラ・演劇演出家ピーター・セラーズ氏がメッセージを発表した。

アメリカの演出家ピーター・セラーズ氏=Ruth Walz撮影、ITI日本センター提供
 彼は、相反する声が五月雨式に「ニュース」として襲いかかってくる状況を「時の刃先(エッジ)」と呼び、刃先において人々はいらだち、「多くの馬鹿げた、あるいは予期せぬ暴力が燃え上がっている」と言う。

 「刃先」では、人々は過去を顧みず、未来からも切り離されてしまう。今まで寄りかかっていた価値観が役に立たないことにいらだち、混迷の中、妄信にしがみつこうとする。だから現代の人々は「違う現実、違う可能性、違うアプローチ、見えない関係、そして時を超えたつながり」に目を向けることができなくなってしまう。そして、次のように結ぶ。

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