メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

『ミューン 月の守護者の伝説』2人の監督に聞く

異なる世界の共存と調和を「2Dハーフ」で描く

叶精二 映像研究家、亜細亜大学・大正大学・女子美術大学・東京造形大学・東京工学院講師

 フランスの長編アニメーション映画『ミューン 月の守護者の伝説』が公開される。2015年に「東京アニメアワードフェスティバル」コンペティション長編アニメーション部門優秀賞を受賞してから、待つこと実に7年。昨今相次ぐ欧州の長編アニメーション公開の流れもあり、ようやく公開が実現した。

 舞台は太陽の世界と月の世界という対照的な二つの世界に分かたれた星。ディズニーやピクサーでお馴染みのフォトリアルとは異なる美しいヴィジュアルと個性的なキャラクターによる3D-CG冒険ファンタジーである。波瀾万丈な展開でありながら、「均衡の崩れた世界をどうしたら修復出来るのか」という極めて現代的なテーマも含まれている。

ⒸONYX FILMS-ORANGE STUDIO-KINOLOGY『ミューン 月の守護者の伝説』 ⒸONYX FILMS-ORANGE STUDIO-KINOLOGY

 本作はアニメーター出身のアレクサンドル・ヘボヤンと、脚本家のブノワ・フィリポンという2人の監督によって制作された。両監督に制作の経緯から作品へ込めた想いに至るまで、広範に伺った。

『ミューン 月の守護者の伝説』(原題/Mune : Le Gardien de la Lune)
2014年フランス/85分
監督/アレクサンドル・へボヤン、ブノワ・フィリポン
音楽/ブリュノ・クレ
グラフィック・デザイン/オーレリアン・プレダル、ニコラス・マーレット
プロデューサー/アトン・スマシュ、アレクシス・ヴォナルブ、ディミトリー・ラッサム
東京アニメアワードフェスティバル2015 優秀賞、フランス映画祭2021横浜出品作品、東京都推奨映画
5月20日より東京・シネマート新宿(日本語吹替版)、大阪・シネマート心斎橋(日本語吹替版)、京都・出町座(フランス語版、5月27日より日本語吹替版)ほか全国順次公開
公式サイト
アレクサンドル・ヘボヤン
アニメーター・監督。ゴブラン専門学校卒。卒業制作の短編『La Migration Bigoudenn』(2004年)が数々の賞を受賞。ミッシェル・オスロ監督『アズールとアスマール』(2006年)のアニメーターを務めた後、渡米。ドリームワークスで『カンフー・パンダ』(2008年)、『モンスターVSエイリアン』(2009年)のアニメーターを担当。その後、ドリームワークスを退社し、長編『ミューン 月の守護者の伝説』を初監督。
ブノワ・フィリポン
脚本家・監督。実写の脚本作品に『SUEURS(略奪者)』(2002年)、監督・脚本作品に『Lullaby(子守唄)』(2010年)、短編『Nephtali』(2015年、実写パートのみ)など。長編アニメーションの監督は『ミューン 月の守護者の伝説』が初。

世界を分断し、異文化を断ち切ってはならない

ⒸONYX FILMS-ORANGE STUDIO-KINOLOGYⒸONYX FILMS-ORANGE STUDIO-KINOLOGY

──太陽の世界と月の世界が共存しているという設定、それを美しく幻想的に表現したヴィジュアルがとても魅力的でした。

ヘボヤン 昼の世界と夜の世界の描き分けにこだわりました。色調からデザインまで、それぞれの世界にふさわしいものにしたいと思いました。同時に、対になるようなコントラストも意識しました。キャラクターは動物と人間の中間のようなヴィジュアルになっていますが、「月の世界の守護者」ミューンは青白く細身で華奢、「太陽の世界の守護者」ソホーンは赤褐色で頑丈な感じに仕上げています。

──ミューンとソホーンという対照的なキャラクターと二つの世界の真ん中に住むヒロインのグリム。三者三様のキャラクターの成長ドラマを通じて語られる「現代の寓話」のように感じました。

フィリポン この作品はファンタジーですが、全てが象徴として現代に問いかけて来るようにしたいと思いました。夜の世界と昼の世界があって、その間の夜明けと夕暮れにグリムがいる。それらの関係に適度なバランスが取れていることが大切だと思ったのです。世界を分断したり、異なる文化への理解を断ち切るようなことがあってはならないと考えました。

ⒸONYX FILMS-ORANGE STUDIO-KINOLOGYⒸONYX FILMS-ORANGE STUDIO-KINOLOGY

──ファンタジー作品にありがちな、絶対悪の退治に収まらない物語でした。一見悪役のネクロスというキャラクターも魅力的でした。

フィリポン 典型的な悪役は描きたくなかったのです。映画は世界中の子供たちに観てもらいましたが、ネクロスに心を動かされたという感想がたくさんありました。人には様々な面があり、単純に割り切ることは出来ません。小悪魔たちも魅力的な性格に描いたつもりです。

ベテラン・アニメーターの助言を支えに

アレクサンドル・ヘボヤンと、脚本家のブノワ・フィリポンアレクサンドル・ヘボヤン監督(左)とブノワ・フィリポン監督

──お二人共、長編アニメーションは初監督であったそうですが、原作のないオリジナルシナリオで資金を集め、映画を完成させる過程には大変なご苦労があったのではないですか?

フィリポン 確かに制作を進める上では、原作があった方がやりやすい面はあるでしょう。私の場合は、オリジナルのシナリオを温めていたものの、どう具体化していくかという道筋がなかなか見えていませんでした。アレクサンドル(・ヘボヤン)と出会って、彼と一緒ならばこの企画を進められると思いました。アレクサンドルとイメージを固めていき、幸いにしてそれが企画として通ったのです。彼がテクニカルな面も芸術性も様々なアプローチで進めてくれました。

──ヘボヤン監督はアニメーターとしてドリームワークスの作品で実績を積まれて、本作に参加するために退社されたと聞いています。

ヘボヤン その通りです。ドリームワークスは大規模なスタジオでしたから、様々な経験をさせてもらいました。そこには実績と才能あるスタッフが集まっており、そうした人々と共に働くことで得たものもたくさんありました。集団作業の連携についても学びました。

 制作に際しては、グレン・キーン(※)から様々なアドバイスをいただきました。『ヒックとドラゴン』(2010年)や『カンフー・パンダ』(2008年)でデザインを担当したニコラス・マーレットが参加してくれたことも大きかったです。彼を含め著名なスタッフの参加によって、スポンサーにも話が通りやすくなりました。
(※)ディズニー2D長編黄金期のベテラン・アニメーター。『美女と野獣』(1991年)、『アラジン』(1992年)、『ターザン』(1999年)などでスーパーバイジング・アニメーター(キャラクター作画監督)を歴任。『塔の上のラプンツェル』(2010年)では製作総指揮、キャラクターデザイン、スーパーバイジング・アニメーターの一人三役を務めた。

──グレン・キーンからはどんなアドバイスをもらったのでしょうか。

ヘボヤン キーンとはドリームワークスで知り合ったのですが、まず準備の初期段階で「こういうストーリーでやりたいんですが」とストーリーボードを持ち込んで見てもらいました。すると、「是非これはやるべきだ。この企画はアメリカでは実現困難だろうが、君たちならば出来る」と力強い助言をくれたのです。その言葉は私たちにとって、大きな支えになりました。制作が決まってからも、何度も相談に乗ってもらいました。

──完成した作品についてグレン・キーンからは感想はもらいましたか。

フィリポン 彼はとても気に入ってくれました。私は『ミューン』の次の作品では、彼と一緒に仕事をしています(※)。
(※)グレン・キーン製作・出演・監督による実写+アニメーションの短編『Nephtali』(2015年)のこと。ブノワ・フィリポンは実写パートの監督を担当。

テリー・ギリアムやティム・バートンの影響

ⒸONYX FILMS-ORANGE STUDIO-KINOLOGYⒸONYX FILMS-ORANGE STUDIO-KINOLOGY

──テリー・ギリアム監督の影響を受けて物語を構想したそうですが、具体的にはどんな作品の影響を受けたのでしょうか。

フィリポン ギリアム監督の『バロン』(1988年)では、平面的に描かれた三日月が舞台の一つになっていました。それが詩的でシュールで何とも美しいと思い、そこから構想を膨らませていきました。元々短編映画として構想していたのですが、はじめはミューンが月を引っ張って地上に降ろして食べてしまうという話でした。

──『バロン』は舞台セットを多用した作品でしたが、確かに三日月にロープをかけて地上へ戻るシーンがありました。他にも主人公のミューンはティム・バートン監督の『シザーハンズ』(1990年)、ソホーンには『スター・ウォーズ』シリーズのハン・ソロ船長の影響があるそうですが。

フィリポン はい。社会に溶け込めないミューンの暗さや繊細さは、ティム・バートンの作品からインスピレーションを得ています。

・・・ログインして読む
(残り:約1699文字/本文:約5204文字)