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自分の中国観は時代遅れだった……『いま中国人は中国をこう見る』の衝撃

駒井 稔 編集者

ゼロコロナ政策を支える庶民の同調圧力

 本書は2021年の7月1日に天安門広場前で行われた中国共産党創立100周年を記念する祝賀式典についてのコメントから始まります。文化大革命時代の毛沢東を彷彿とさせるような(といっても今の若い世代には通じないでしょうが)、習近平国家主席の演説する映像を鮮明に憶えている方も多いと思います。この時の参加者のひとりの感想が紹介されます。

正直いって退屈でした。早起きしたので眠たかった。内心では、早く終わらないかなあ、なんて不謹慎なことを考えていたのです。

 まあ、こういう人間もいるだろうな、とは思うものの、あの映像からはちょっと想像もできないのは間違いないことでしょう。

 さて、第1章は中国のゼロコロナ政策の中身についての証言で構成されています。その徹底したやり方を読んでいると彼我のあまりの違いに驚きを禁じ得ません。そしてゼロコロナを可能にしている社会の同調圧力の高さも著者が指摘する通り並大抵のものではないことが分かります。

「コロナ対策でしばらく営業停止」との紙が貼り出されたスーパー=2022年3月30日、上海市拡大「コロナ対策でしばらく営業停止」との紙が貼り出されたスーパー=2022年3月30日、上海市

中国の「近所の目」は日本よりはるかに厳しい。

 強いリーダーシップの証として、政府の進めるゼロコロナ政策ですが、支えている要因のひとつが庶民の同調圧力であることを知ると複雑な気持ちになります。しかしそれだけではないことも別の証言から分かります。アメリカでなぜ80万人以上が犠牲になったのか理解に苦しむというある男性の意見もあります。

どんなに正義を振りかざしても、どんなに自由が大事でも、命あっての物種でしょう? 私はこれまでアメリカに憧れていた気持ちがあったのですが、コロナによって吹き飛んだ。アメリカへの憧れや幻想はガラガラと音を立てて崩れ落ちました。

 ここには重要な問題提起があるように思います。アメリカという国の思想的な背景を日本を含めたアジア諸国が理解する困難さが露呈しているように思えてならないのです。

 第2章では激変する中国社会のことが語られます。在日中国人女性が著者に語った言葉が心に残りました。

 日本人が考える中国人の幸福は、ネットに習近平氏の悪口を堂々と書けることかもしれませんが、私たちはそうは思いません。
 毎年収入が上がって生活が安定し、去年よりも今年、今年よりも来年はもっといい生活が送れること、これが中国人にとっていちばんの幸せなんです。

 豊かになると同時に中国人のマナーが飛躍的に向上していると著者は指摘します。30年ぶりに日本から中国に戻った女性と著者の会話も興味深いものがあります。日本よりも格段に便利なネットスーパーに感動し、生活費の安さに驚くのです。北京郊外の観光地で公衆トイレがとてもきれいでトイレットペーパーが完備されていたという記述には私も驚きました。個人的にも中国での公衆トイレ問題はなかなか大変な思い出があったからです。もう10年以上前のことですから自分の古い印象を更新すべきなのでしょう。


筆者

駒井 稔

駒井 稔(こまい・みのる) 編集者

1979年、光文社入社。1981年、「週刊宝石」創刊に参加。1997年に翻訳編集部に異動、書籍編集に携わる。2004年に編集長。2年の準備期間を経て2006年9月に古典新訳文庫を創刊。10年にわたり編集長を務めた。著書に『いま、息をしている言葉で。──「光文社古典新訳文庫」誕生秘話』‎ (而立書房)。編著に『文学こそ最高の教養である』(光文社新書)、『私が本からもらったもの──翻訳者の読書論』(書肆侃侃房)がある。大酒飲みだったが禁酒歴6年。1956年、横浜生まれ。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです