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必見! 阪本順治の『冬薔薇』──荒んだモラトリアム期の若者を活写

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

キャラクター・職業・境遇が丁寧に描かれた群像劇

 もっとも『冬薔薇』は、淳の内面を掘り下げる一人称的な心理劇ではない。前述のように、さまざまな他者との関わりを通して淳の鬱屈を描く、ある種の「群像劇」(阪本、同前)である(阪本は前記インタビューで『冬薔薇』を、「寄る辺なき自尊心を抱えた者たちの群像劇」と述べているから、それで言えば、本作は未だ職業的アイデンティティ──人に自尊感情をもたらしうるもの──を確立しえない若者らの群像劇だ)。

 事実、淳の周囲の人間たちのキャラクター・職業・境遇が丁寧に描かれるので、本作は多焦点的なドラマの重層性と広がりを示す。たとえば、忙しさにかまけて淳と向き合わない父親と母親を、それぞれ小林薫と余貴美子が、諦めと疲労の入り混じった表情と佇まいで好演する。

『冬薔薇(ふゆそうび)』 ©2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS 
拡大『冬薔薇(ふゆそうび)』 ©2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS
『冬薔薇(ふゆそうび)』 ©2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS 
拡大『冬薔薇(ふゆそうび)』 ©2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS

 そして彼らが営むのは、ガット船と呼ばれる船で大量の土砂を埋め立て地まで運ぶ海運業だが、父親/小林薫はその船(「渡口丸」)の船長で、母親/余貴美子は船会社の事務所を切り盛りしている。しかし、時代とともにガット船の需要は減り、後継者不足も深刻だが、淳には家業を継ぐ気はまったくない。

 「渡口丸」の乗員はといえば、淳の良き理解者でもある最年長の機関長・沖島(石橋蓮司)、俳句好きの航海士・永原(伊武雅刀)、最年少55歳の甲板員・近藤(笠松伴助)、失業中だったが「渡口丸」の乗員として雇われる淳の叔父・中本(眞木蔵人)といったベテランの面々で、渋いアンサンブルを披露する(彼らは社縁というコミュニティを形成しているわけだ)。

『冬薔薇(ふゆそうび)』 ©2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS 
拡大『冬薔薇(ふゆそうび)』 ©2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS

 さらに、淳が加わっている不良グループのリーダー、美崎(永山絢斗)のいびつな小悪党ぶりも目を引く。序盤におけるグループ同士の衝突の最中、襲撃を仕掛けた美崎は、危険を避けて一人だけ帰ってしまう。その衝突の際、淳は角材で殴られ、膝に錆びた釘が突き刺さるという大怪我を負い入院するが、見舞いに来た美崎は、淳の怪我より自分の安全ばかりを気にかけている。

 イキがってはいるが、狡猾で保身に長けた小心者の美崎の人物像には、

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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