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『トップガン』再来、トム・クルーズが同世代の私たちに言いたいこと

過去と今が交錯しながら、“積み残し”を解決する『トップガン マーヴェリック』

野菜さらだ コラムニスト/言語聴覚士

 今どきは、PCのみならず、スマートフォンでも簡単に映画が見られる時代である。しかし、どうしても映画館で観なければ! 否、映画館以外では観たくない! と映画好きでもなんでもない私に思わせる映画がある。それが、

 トップガン

 である。

 初代『トップガン』の公開は、1986年。あのとき、何回この映画を劇場で観たことだろう。その後、DVDまで買って見直した、数少ない映画である。そのトップガンが36年の時を経て『トップガン マーヴェリック』として再び私たちの前に姿を現した。そう、登場人物も時代も私たちと同じだけ時を重ねたという設定で。

映画『トップガン マーヴェリック』のプロモーションで来日したトム・クルーズ=2022年5月23日、東京都内 映画『トップガン マーヴェリック』のプロモーションで来日したトム・クルーズ=2022年5月23日、東京都内

変わらないもの、変わったもの

 伝説とも言えるオープニングの数分は、見事に初代と同じ音楽、シーンで奏で、彩られていた。おそらく、何種類ものオープニングの音楽や映像が作られてボツになったのではないだろうか。しかし、『トップガン』には、あのオープニング以外はありえない。新作の幕が開いた瞬間に誰しもそう思ったことだろう。

 そして繰り広げられるストーリーの基本ラインは、前作を見事になぞっていく。上の命令に背いて勝手な行動に出る、トム・クルーズ演じる主人公マーヴェリック。処分を受けるはずがアメリカ海軍の戦闘機兵器学校「トップガン」に送り込まれ、バーカウンターで女性と絡むシーン。前作を熟知している者には、「馴染みのある展開」に他ならない。

 変わったのは、最初にマーヴェリックが乗り込む戦闘機が最新鋭のものでマッハ10まで出せるとか、偶然出会った女性は以前に別れた恋人であったとか、その恋人には今は離婚してしまった相手との間に年頃の娘がいるとか、初代のときに20代だったマーヴェリックも還暦近くになっていることが如実にわかる部分である。

初代の心残りを最新作で片付ける

/Shutterstock.com米ラスベガスの劇場で FlickDirect Inc/Shutterstock.com

 大ヒットした映画の続編というのは、最初から「大ヒットしなければならない」という重荷を背負っている。その重荷を避けるためか何なのか、『トップガン』の続編はすぐには制作されなかった。「十分なストーリーができるまで続編を撮るつもりはなかった」とトム自身も語っている(映画『トップガン マーヴェリック』特別映像(ベスト・オブ・ザ・ベスト))。

 彼が納得して制作に踏み切ったストーリー、それは初代のトップガンでマーヴェリックとペアを組んでいた親友グースが飛行演習中の不慮の事故で亡くなったことを軸にして展開するものだった。型破りで天才的なパイロットである主人公が自信満々で登場していながら、その親友の死をきっかけに飛ぶことへの恐怖と抵抗から彼の顔からは笑顔が消え苦難のときを過ごす。しかし、最後に因縁のライバルであったアイスマン(ヴァル・キルマー)と助け合いながら敵機と戦い、自信を取り戻すという、ある意味起承転結のはっきりしたシンプルな展開だった。

 トム・クルーズの輝く笑顔、最後にアイスマンと和解して強く抱き合うシーンで感動しつつも、「でも、親友だったグースは、死んじゃって……」という一抹のモヤモヤが残ったのは確かだ。グースの亡骸がヘリコプターで吊りあげられるシーンは、それはそれで絵的には美しく目に焼き付くシーンではあるが、主人公は絶対死なない、その脇役は次々死んでいくというありがちなハリウッド的展開に、釈然としない後味の悪さはあった。特に親友の死が美しく描かれていればいるほど、「主人公のサクセスストーリーを引き立たせるために?」という微かな疑問が残ったのだ。「トムも同じモヤモヤを抱いていたのだろうか?」。

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