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『三姉妹』の主演ムン・ソリが語る「既婚女性たちの痛みの共有」

「私たちの娘が大人になるころには、家父長制度も暴力もない世界になっていてほしい」

二ノ宮金子  フリーライター

 『ペパーミント・キャンディー』『オアシス』などで知られる韓国の名優、ムン・ソリが、脚本にほれ込み、主演のみならずプロデューサーも買って出た『三姉妹』が、6月17日より全国公開される。

『三姉妹』 6月17日(金)より東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー ©2020 Studio Up. All rights reserved. 配給:ザジフィルムズ『三姉妹』 6月17日(金)より東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー ©2020 Studio Up. All rights reserved. 配給:ザジフィルムズ

 別れた夫の借金を返済しながら花屋を営む長女ヒスクは、反抗期の娘、ときおりお金の無心をする元夫に悩まされている。一男一女に恵まれ、高級マンションに引っ越ししたばかりの次女ミヨンは、熱心なキリスト教徒だ。劇作家の三女ミオクは、夫と連れ子と暮らしているがスランプで酒浸りの日々。それぞれに問題を抱える姉妹は、久しぶりに父の誕生日会で顔をそろえるが……。

 これは、30代、40代になった既婚女性たちの物語。そこにはロマンスもなければ派手なアクションも登場しない。あるのは家庭崩壊寸前、平穏からはほど遠い日々……。韓国の家父長制度のもとに、しいたげられてきた三姉妹の心に寄り添い、彼女たちが新たな歩みを進めるまでを、丁寧に、丁寧に描いた。

 日本ではまだ名の知られていないイ・スンウォン監督(1977年生まれ)だが、長女ヒスクを演じたキム・ソニョン(ドラマ「愛の不時着」で北朝鮮の人民班長役でおなじみ)の公私にわたるパートナーでもある。日本での公開は『三姉妹』がはじめてだが、名匠イ・チャンドン監督もその手腕を絶賛する将来有望な監督だ。

 主演の次女ミヨン役とプロデューサーを務めたムン・ソリに、本作への思いを聞いた。

ムン・ソリ
1974年7月2日、韓国プサン生まれ。1999年、イ・チャンドン監督の『ペパーミント・キャンディー』でデビュー。2002年、同監督の『オアシス』でヴェネツィア国際映画祭のマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)、青龍映画賞新人賞、2003年の『浮気な家族』では韓国のアカデミー賞といわれる大鐘賞の最優秀主演女優賞などを受賞。そのほかの出演作品に『3人のアンヌ』『自由が丘で』『お嬢さん』など。

ムン・ソリムン・ソリ © C-JeS ENT
──別れた夫の借金を返済している長女ヒスク、常に完璧なフリをして自分を制している次女ミヨン、酒浸りの三女ミオク。姉妹であっても、似て非なる人生を歩んでいます。出演依頼は、最初から次女ミヨンの役だったのでしょうか。

ムン・ソリ そうですね。最初からイ・スンウォン監督は私に対して、次女の役割でキャスティングしたいとおっしゃっていました。実は三女役をやりたかったんですけど、私の年齢が上すぎるので言い出せませんでした(笑)

──しっかり者で一番の成功者に見える次女のミヨンですが、劇中で「憎悪」という感情の爆発が見られるなど、かなり難しいシーンも登場します。どのようにこの役と向き合われたのでしょう。

ムン・ソリ 脚本を読んでもミヨンに距離感はありませんでした。なぜなら、私の中にもミヨンと似たような部分があると思ったからです。ミヨンは次女であるにもかかわらず、自分がしっかりしなければという長女の気持ちをずっと持って生きてきた人です。だから家族に対しても大きな責任感を持っています。家族の面倒をしっかりみないといけないと思っているから不安にもなります。そんな気持ちが彼女を宗教に走らせてしまいました。

 私の中でミヨンは特別な人ではなくて、自然に納得できるキャラクターでした。そして非常に孤独で寂しい人でもあり、苦しい人生を生きている人だということを感じられたので、特にこの役にアプローチする必要はなかったのです。

©2020 Studio Up. All rights reserved.©2020 Studio Up. All rights reserved.

連帯した三姉妹を演じた私たちの願い

©2020 Studio Up. All rights reserved.©2020 Studio Up. All rights reserved.
©2020 Studio Up. All rights reserved.©2020 Studio Up. All rights reserved.

──家父長制度の犠牲者でもあった姉妹たちは、大人になった今も生きづらさを抱えて暮らしています。本作は、韓国社会の問題を描き出しながらも、シスターフッドとしての視点を持った映画でもありますね。

ムン・ソリ 仮にお互いのことが好きでなかったとしても、心の痛みを分かり合えるということはとても大きいと思います。この3人ももしかしたら、お互いに嫌いな面を持っているのかもしれませんが、それぞれの心の痛みは理解しています。その痛みの共有があるからこそ、この三姉妹は連帯できたのでしょう。でもそれは、姉妹に限らずほかの人でも言えることだと思います。最近では、#MeToo運動も盛んになってきていますし、そういう連帯ができるというのは、やはりお互いを理解しあっているからだと思います。

 長女ヒスクを演じたキム・ソニョン、三女ミオクを演じたチャン・ユンジュと私は、娘を持つ母親でもあります。私たちの娘が大人になるころには、家父長制度がなくなり、暴力の残骸もない──そんな世界になっていてほしい。これは三姉妹を演じた私たちの願いです。

©2020 Studio Up. All rights reserved.©2020 Studio Up. All rights reserved.

──本作では、主演と共同プロデュースという二足の草鞋を履かれていますね。俳優だけでなくプロデュースも行った経緯を教えてください。

ムン・ソリ 最初は出演者としてお話をいただきました。その時点で、あったのは脚本だけで、映画への出資も決まっていませんでしたし、スタッフのことも含めて何もかもが決まっていない状態でした。脚本には心動かされましたから、イ・スンウォン監督やキム・サンスプロデューサーと、どんな方法でどんなふうに撮ったらいいのかということを一緒に考えました。

 そうしているうちに、「こういうふうに一緒に参加して考えてくれるのはプロデューサーの役割だから、共同プロデューサーとして名を連ねるのはどうでしょう?」というご提案をいただいて。俳優としてプロデューサーも担うというのはなかなかできないことですから、貴重な機会だと思ってお受けしました。でも、本当のところは私がちょっと気弱だったからお願いしやすかったのかもしれません(笑)

──プロデューサーとしての苦労はありましたか。

ムン・ソリ 出資が決まって撮影に入るまでに2年くらいかかったので、その間、本当にたくさんの話し合いをしましたし、それは撮影に入ってからも公開後も続きました。少なくとも3年間はあれこれと、お互いに自分の考えていることも忌憚なく話していたことになります。

 たとえばエンディングのシーンも6回くらい撮影場所が変わっています。最終的には海になりましたが、山に行ってみたり、野原に行ってみたり。イ・スンウォン監督もキム・サンスプロデューサーも常にオープンマインドだったので、どんなアイデアを出してもどんな話をしてもよく耳を傾けてくれました。私たちの中には1ミリの壁もなく、いろんなことが自由に話し合えました。『三姉妹』は本当にたくさんの過程を経てできあがったのです。

既婚女性が主演の映画で苦労した資金繰り

©2020 Studio Up. All rights reserved. イ・スンウォン監督と ©2020 Studio Up. All rights reserved.

──本作では、既婚の女性が主演ということで、資金繰りに苦労があったそうですね。

ムン・ソリ イ・スンウォン監督やキム・サンスプロデューサーとも冗談交じりによく話していたんです。「三姉妹」ではなくて「三兄弟」だったら良かったのに、って(笑)。

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