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【公演評】Musical『CROSS ROAD~悪魔のヴァイオリニスト パガニーニ~』

ミュージカル化によって浮かび上がった作品テーマの普遍性

橘涼香 演劇ライター


 豪華キャストと生演奏と独創的なストーリーで愛され続けている「音楽朗読劇VOICARIONヴォイサリオンシリーズ」を手掛ける藤沢文翁原作・脚本・作詞・演出による初のミュージカル作品『CROSS ROAD~悪魔のヴァイオリニスト パガニーニ~』が東京日比谷のシアタークリエで上演中だ(6月30日まで)。

 Musical『CROSS ROAD~悪魔のヴァイオリニスト パガニーニ~』は、2012年にシアタークリエで初演された同タイトルの音楽朗読劇をミュージカル化した作品。あまりに人間離れした超絶技巧の演奏ぶりから「悪魔に魂を売り渡した代償として演奏技術を手に入れた」との逸話が残る、19世紀に実在したヴァイオリニストのニコロ・パガニーニが、真実音楽の悪魔アムドゥスキアスと契約を結んでいた、という発想の下に藤沢が創作したオリジナミュージカルとなっている。

朗読劇からオリジナルミュージカルへ

『CROSS ROAD~悪魔のヴァイオリニスト パガニーニ~』公演から=写真提供/東宝演劇部拡大『CROSS ROAD~悪魔のヴァイオリニスト パガニーニ~』公演から=写真提供/東宝演劇部

 2012年この作品の初演である朗読劇版を観た時の衝撃はいまも忘れがたい。たった3人のキャスト(パガニーニ・紫吹淳、アルマンド他・山寺宏一、ミーシャ※〈ミュージカル版のアーシャにあたる〉ほか・林原めぐみ)が、クラシック音楽の黄金期に登場したトリックスター的存在である、稀代の天才ヴァイオリニスト、ニコロ・パガニーニの数奇な生涯を、それぞれ扮装し、台本を手にマイクに向かって語り聞かせてくれる醍醐味には、心をつかむ魅力があふれていた。

 さらに、そんな舞台面にはキャストと変わらない重要性で演奏家たちが共にあり、豊かに奏でる音楽と朗読の融合に、装置と照明が加わった想像の余地もスケールも大きなステージにくぎ付けになったものだ。何よりも音楽と朗読の化学反応の力は見事で、余韻に浸っている帰路「キャストは歌っていなかったよね?」と誰かに確認したいような気持になったことをよく覚えている。それほど、当時サウンドシアター、のちに音楽朗読劇と銘打たれる藤沢文翁のシリーズは、極めてミュージカル要素の高いものだった。

『CROSS ROAD~悪魔のヴァイオリニスト パガニーニ~』公演から=写真提供/東宝演劇部拡大『CROSS ROAD~悪魔のヴァイオリニスト パガニーニ~』公演から=写真提供/東宝演劇部

 だから、ついに藤沢がオリジナルミュージカルを生み出す、しかもシアタークリエでと聞いた時の、腑に落ちる思いには非常に大きなものがあったし、その題材に数々の魅力的な作品群のなかからこの『CROSS ROAD~悪魔のヴァイオリニスト パガニーニ~』が選択されたことにも、ストレートな納得感と期待が高まっていった。藤沢の生み出す作品群はどれも、音楽が重要な要素としてとらえられていることは変わらないが、やはりなかでも「音楽」そのものがテーマになっているこの作品ほど、オリジナルミュージカルの船出に相応しいものはないと思えたからだ。

『CROSS ROAD~悪魔のヴァイオリニスト パガニーニ~』公演から=写真提供/東宝演劇部拡大『CROSS ROAD~悪魔のヴァイオリニスト パガニーニ~』公演から=写真提供/東宝演劇部

 そして実際に、今回のミュージカル版に接してその気持ちは確信になった。そればかりか、登場人物がある意味で個々実体化したことによって、物語性がよりくっきりと前に出てくる感覚が新鮮で、中でも幼いころから音楽の英才教育を受け、両親の期待を一身に担ってきたニコロ・パガニーニが、期待に反して世を覆う才能を持ち合わせていないと自ら気付いてしまった時、立ち現れた音楽の悪魔・アムドゥスキアスが提示した「人知を超えた100万曲の名演奏と魂を引き換える」という契約を結んでしまうこと。人生の岐路「CROSS ROAD」に立った彼の選択が、特段の生々しさを持って迫ってくるのは、村中俊之作曲のミュージカルナンバー「血の契約」の重さ故に他ならなかった。

『CROSS ROAD~悪魔のヴァイオリニスト パガニーニ~』公演から=写真提供/東宝演劇部拡大『CROSS ROAD~悪魔のヴァイオリニスト パガニーニ~』公演から=写真提供/東宝演劇部

 このことが作品のテーマと普遍性を高める効果になっていて、思えばパガニーニの選択は、アーティストに限らず、何かを成したいと願いながら、行く先が見えない経験をしたことが一度でもある人ならば、きっとどこかで共感を覚えてしまうものだと改めて感じさせられる。もしこの「CROSS ROAD」に自分が立ったとしたらと考えると、パガニーニを虚栄心にまみれたバカな奴だとはとても思えない。それこそ誰であれ、その瞬間には「魔が差す」だろうと、むしろ得心がいった。

世界観を表すオペラティックなミュージカルナンバー

『CROSS ROAD~悪魔のヴァイオリニスト パガニーニ~』公演から=写真提供/東宝演劇部拡大『CROSS ROAD~悪魔のヴァイオリニスト パガニーニ~』公演から=写真提供/東宝演劇部

 そうしたミュージカルになったからこそ、より明白になったものは多く、特に教会の権力と自分たちの生活とが、分かちがたく結びついているこの時代の人々と音楽家にとって、「悪魔と契約する」ということが、どれほど大きな負荷になるかを、高音域を多用したクラシカルな、オペラ的とも言えるナンバーの数々が表しているのが興味深い。パガニーニの選択の根本に、母親の期待に応えたいという切ない思いがあり、それに値する慈愛に満ちた母の存在が「Casa Nostalgia」1曲で表現できる、ミュージカルという形態の利点も生きている。パガニーニの超絶技巧の演奏テクニックを、実際にヴァイオリンを演奏するシーンとしてではなくダンスで表現した発想も斬新で、他にも様々に新たな発見があり、オリジナルミュージカル創造に対する藤沢を筆頭とした、スタッフ、キャストの並々ならぬ情熱が感じられた。

 一方、音楽朗読劇では最高の効果を示したキャストと演奏家が同等に並び立っている感覚が、ミュージカルとしてはやや舞台面を煩雑にさせたか?という感もあり、パガニーニの演奏シーンで、踊るキャストでなくつい反射的に実際に演奏しているヴァイオリニストに目がいってしまうのにも、一考の余地があると思う。いま少し演奏でなく、キャストの声の方を優先して欲しい音響面の課題も見え隠れした。

 ただこうしたある意味の小さな瑕疵はむしろあるのが当然で、だからこそ新たなオリジナルミュージカルが誕生した瞬間に立ち会っているという感動を改めて呼び起こされもする。作品の着眼点から、物語への自由な飛翔に特段の豊かさを持つ藤沢が、何より「ミュージカル」というジャンルを愛していることが伝わってくる舞台には、そんな伸びしろと非常に高い可能性を感じた。

◆公演情報◆
Musical『CROSS ROAD~悪魔のヴァイオリニスト パガニーニ~』
2022年6月7日(火)~6月30日(木) シアタークリエ
公式ホームページ
[スタッフ]
原作・脚本・作詞・演出: 藤沢文翁
作曲・音楽監督: 村中俊之
[出演]
中川晃教/相葉裕樹(Wキャスト)/水江建太(Wキャスト)/早川聖来(乃木坂46)/青野紗穂/畠中洋/山寺宏一(Wキャスト)/戸井勝海(Wキャスト)/香寿たつき

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筆者

橘涼香

橘涼香(たちばな・すずか) 演劇ライター

埼玉県生まれ。音楽大学ピアノ専攻出身でピアノ講師を務めながら、幼い頃からどっぷりハマっていた演劇愛を書き綴ったレビュー投稿が採用されたのをきっかけに演劇ライターに。途中今はなきパレット文庫の新人賞に引っかかり、小説書きに方向転換するも鬱病を発症して頓挫。長いブランクを経て社会復帰できたのは一重に演劇が、ライブの素晴らしさが力をくれた故。今はそんなライブ全般の楽しさ、素晴らしさを一人でも多くの方にお伝えしたい!との想いで公演レビュー、キャストインタビュー等を執筆している。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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