「韓国の人たちは、毎日『イカゲーム』を戦っていると聞きました」
2022年06月23日
依然として歴史認識の違いがしこりを残す日本と韓国。3月の韓国大統領選では保守系最大野党「国民の力」のユン・ソンニョルが新大統領に選ばれ、2カ国の関係改善に期待を寄せる声もあがったが、「雪解け」と呼ぶにはほど遠い。しかし、軋む日韓関係もどこ吹く風、カンヌ国際映画祭にて素晴らしき「KY力」を発揮しながら、両国の文化コラボを実現していたのが『ベイビー・ブローカー』だ。
監督は『万引き家族』(2018)で同映画祭の最高賞パルムドールを受賞済みの是枝裕和で、主演は韓国のスター俳優ソン・ガンホ。2019年のパルムドール受賞作である『パラサイト 半地下の家族』の主演俳優でもある。ふたりのアジア映画人による幸福な協働に、カンヌは大いに湧いた。本作はガンホに韓国初の最優秀男優賞を授与。韓国では日本より一足早く6月8日から公開され、初登場1位を記録している。
本作は「赤ちゃんポスト」を起点とするドラマだ。いろいろな事情で子育てができない親が匿名で赤ちゃんを預けるこのシステムは、2000年にドイツで始まり、日本では2007年、韓国では2009年から存在する。是枝監督は2013年頃には興味を抱いたという。
借金に追われるクリーニング屋店員のサンヒョン(ソン・ガンホ)、「赤ちゃんポスト」のある施設で働き、自らも児童養護施設出身のドンス(カン・ドンウォン)というふたりの“赤ちゃんブローカー”の男と、訳アリのため子供を手放す選択をした若い母親のソヨン(イ・ジウン)が出会い、さらに途中からはやはり児童養護施設の少年へジン(イム・スンス)が加わり、赤ちゃんの養父母を見つける旅に出る。そんな彼らの後を、現行犯逮捕を狙う二人組の女性刑事スジン(ペ・ドゥナ)とイ(イ・ジュヨン)が追いかける。
釜山からソウルへ。オンボロのバンに乗り込み、悲喜こもごもの感情を乗せ進んでゆくロードムービー。ユーモアと人間味溢れる視線の先には、冷静な社会批判がある。
軽やかに国境を越え、まるでコロナ禍もなかったかのような活躍を続ける是枝監督に、カンヌで話を伺った。
──『万引き家族』で最高賞パルムドール受賞後のカンヌでした。期待値もマックスになっていたと思いますが。
是枝 到着してすぐに自分でもそれをちょっと感じただけに「大丈夫か?」と。でも、自分の作ったものに関して、納得はしていました。ただ、「マジェスティック」(映画祭のメイン会場近くの高級ホテル)の壁に、自分の作品のポスターが“どーん”みたいな状況は、想像だにしていませんでした。
──それは勢いに乗る韓国映画だからなせる技なのですか。
是枝 CJエンタテインメント(韓国の総合エンタメ企業。本作のセールスエージェント)の資金力と気合いの入り方が、そうさせているのだと思います。会期中に(米エンタメビジネス誌)「ヴァラエティ」の表紙になるとか、そういうお膳立ての中でカンヌに来たのは初めてでしたから。今まではもう少しこっそり来てたんですけれど。
──今回は逃げられなかったということですね(笑)。さて、「赤ちゃんポスト」は日本ではよく知られていると思います。それが本作の舞台である韓国にもあるのは知りませんでした。ある意味、妙なシステムにも思えるのですが、なぜ興味を持たれたのでしょうか。
是枝 最初に関心を持ったのは、『そして父になる』(2013)を作っている頃です。日本の養子縁組や里親制度を調べていく過程で、「こうのとりのゆりかご」(日本で初めて「赤ちゃんポスト」を設置した熊本市の慈恵病院が使う名称)の存在を知って、その取り組みをされている方の本を読みました。日本だけではないでしょうが、「赤ちゃんポスト」は今も評価が割れています。映画の題材として扱うには、むしろその方が適していると思いました。
──それからご自身で取材をされ、作品に反映したという流れでしょうか。監督はドキュメンタリーも多く手がけているので、当事者の話を聞いて作品にするというのは得意分野かと思うのですが。
是枝 それはかなり先のことです。韓国にも「赤ちゃんポスト」があるのを知って、韓国版のプロットを書いたのが2016年。実際に韓国で映画を作れるという前提ができてリサーチを開始したのは、本当に2020年の暮れくらいからだから、まだ1年半なのです。この間、「赤ちゃんポスト」や養護施設関係者、実際にブローカーの事件を扱った刑事などに取材をしました。今韓国の養子縁組制度は厳格に法律のもとで実施されていますが、その法改正に関わった弁護士さんにも話を聞きました。こうしてネガティブな意見を持つ人も含め取材をして、その辺を脚本づくりに反映させていったのです。
──「赤ちゃんポスト」出身の方にも話を聞いたのでしょうか。
是枝 子どものプライバシーは守られていますので、直接コンタクトするというよりは、アンケートみたいな形で質問を渡してもらいました。それよりも養護施設出身者の方と、オンライン上ですが話をさせてもらったことが大きかったです。
──印象的なやり取りはありましたか。
是枝 韓国だけではなく日本でも話を聞きましたが、例えば、(NHKの)「クローズアップ現代」が「赤ちゃんポスト」を取り上げた回にゲストで出て、「赤ちゃんポスト」出身者の子の話を聞いたりしました。また、韓国の養護施設出身の人の言葉も大きかったです。「自分は生まれてきてよかったのか?」と。
──それは重い言葉ですね。
是枝 重かった。そう思いながら大人になることの辛さは、やっぱり想像を超えています。で、その社会の側にいる大人の一人として、「その子たちが自分の生を肯定するために自分は何ができるのか」ということを考えて、映画を作りはじめました。映画の人間にできることは非常に限定的かもしれませんが。『万引き家族』の時もそうでしたが、いつも映画を作る時は「誰に向かって作るのか」を決めるのですが、今回はその子たちに向けて作っています。
──映画作りはちょうどコロナの感染が広がった時期に進んだかと思います。いろんな方が亡くなる中で、社会的にも「命の意味」をあらためて考え直す時期でもあったと思うのですが、何か影響はありましたか。
是枝 どうでしょうね。コロナが直接影響したかはわかりません。ただ、(映画『PLAN 75』の監督である)早川千絵さんとも話をしたのですが、彼女の映画も要するに「75歳を超えた命は価値がない」とする社会を描いていますよね。僕の映画は赤ちゃんの話ですが、多分違う角度から同じ価値観に対しての「違和感」を表明していて、「きっとそこの共通点があるね」というところで一致しました。日本で暮らしていると「自己責任」という言葉とともに、「価値のない命があるんだ」とか「役に立たないものは意味がない」という空気が社会全体を覆ってしまっていると強く感じます。
『PLAN 75』早川千絵監督に聞く──75歳で生死を選択できる社会とは
是枝 大学で教えていても、「それは何か役に立つんですか」と学生から問われるんですよ。「その番組を作って何か社会が変わりましたか」とか(笑)。なるほど「即効性」を求めているのね、と。これは学生に限ったわけではなくて、世の中全体がそうなっていると思います。余裕が無くなってる。
──映画ひとつ取っても、「観客が入る作品か否か」の物差しで見られたり……。
是枝 そう。「文学は役に立たないから文学部はなくす」とか、「本は(実用的な)新書やビジネス書しか読まない」みたいな話です。多分、それを笑い話にできるのは今のうちだけで、全体的にそっちに大きく傾いているのだと感じます。その違和感は『PLAN 75』にも『ベイビー・ブローカー』にも、おそらく出ているんじゃないでしょうか。
──たしかに両作は根っこで深く繋がっていると感じます。『ベイビー・ブローカー』は韓国で撮られましたが、韓国にも日本と同じように、そういった閉塞感があるのでしょうか。
是枝 それはありますね。韓国は日本以上に
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