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「八街事件」1年後の夢想──運転者は自分がなぜ運転するのか問うてほしい

杉田聡 帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)

これほどの車が本当に必要なのか?

 今、どこを歩こうにも、うんざりするほどの車が次から次へと走って来る。おかげで歩行者にとって、気持ちが安らぐ時はほとんどない。現今では1家に1台どころか、1人1台(時にはそれ以上)と言われるほどに車が保有されているが、そんなに多くの車が本当に必要なのだろうか。私は買い物難民問題を含めた調査のために各地を歩いたが、どこに行こうと一貫して耳にしたのは、「ここでは車がなければ生きていけない」という言葉である。

 本当にそうだろうか。確かに今時の都市計画は車利用を前提にして立案され、また歩いて行ける距離に店らしい店のないいびつな都市が作られてきた。だが北海道で50年もの間──そのうち35年は、だだっ広い上に人口密度の低い道東で暮らしている──、自家用車など使ったことがない私には、たいていの場合、それは言い訳にすぎないように感じられる。

 車によって引き起こされた各種事件に関する報道に接して、常に感ずる疑問はこれである。多くの地域で、子どもたちの歩く道に膨大な数の車が走っているが、自家用車も商用車も、どこまでやむを得ないぎりぎりの理由で運転されているだろうか。

 そして、そもそもこの点を社会的に問わないまま、子どもの安全を論じる世間の姿勢に、私はほとんどめまいがする。「子どもの権利条約」を云々する人たちの間でさえ、まともな問題提起がなされたことはないように思える。実際同条約を重視するある団体で車の話をしたら、全く理解されなかったという経験が私にはある。

一般乗用車の運転さえ管理が必要では

児童の列に突っ込んだ白ナンバーのトラック=2021年6月28日、千葉県八街市拡大児童の列に突っ込んだ白ナンバーのトラック=2021年6月28日、千葉県八街市

 警察庁の対応では、「安全運転管理者」が白ナンバーのトラック等について検知器検査を行うという。

 だがそもそも、一般の乗用車でさえ本来検査が不可欠ではないだろうか。何しろ乗用車は、街中いたるところをひた走っている。しかも、いったん「事故」を起こせば人命を棄損する可能性が高い点において、有償で人や荷物を運ぶ緑ナンバー・白ナンバーのトラック類と何ら変わりはない。この事実を思えば、そもそもモータリゼーションの出発時点において、一般の乗車用にさえ、安全運転管理者を付けることを義務化するべきだった。

 例えば車先進国イギリスでは、

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筆者

杉田聡

杉田聡(すぎた・さとし) 帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)

1953年生まれ。帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)。著書に、『福沢諭吉と帝国主義イデオロギー』(花伝社)、『逃げられない性犯罪被害者——無謀な最高裁判決』(編著、青弓社)、『レイプの政治学——レイプ神話と「性=人格原則」』(明石書店)、『AV神話——アダルトビデオをまねてはいけない』(大月書店)、『男権主義的セクシュアリティ——ポルノ・買売春擁護論批判』(青木書店)、『天は人の下に人を造る——「福沢諭吉神話」を超えて』(インパクト出版会)、『カント哲学と現代——疎外・啓蒙・正義・環境・ジェンダー』(行路社)、『「3・11」後の技術と人間——技術的理性への問い』(世界思想社)、『「買い物難民」をなくせ!——消える商店街、孤立する高齢者』(中公新書ラクレ)、など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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