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神野三鈴インタビュー(下)、ニューヨークとロンドンで話題の衝撃作『ダディ』が日本初演

この世界の父性の不在を表すタイトルだと思う

大原薫 演劇ライター


神野三鈴インタビュー(上)

母親ゾラは息子フランクリンのセクシュアリティを受け入れている

――この作品でテーマとなっているものは何だと思いますか。

 この作品は1人の人間が自立し、成長するにあたっては、時には血が流れるという話だと思うんですよ。自分が抱えているトラウマというのは環境のせいももちろんあるけれどそれだけではなくて、自分で乗り越えないといけないものじゃないかと思うんです。己の醜さを受け入れ、迎え入れるときが大人になることかもしれません。だから、そのときには自分だけではなくて、周りも傷つけて、たくさんの血が流れる。でも、フランクリンだけが乗り越えようとして血を流しているわけではなく、登場人物全員がそうなんですね。

 もう一つ大きな要素としてはアート。そして宗教、自分たちが憧れる白人ならではの贅沢さ。それらをジェレミー・O・ハリスが赤裸々にすべてをさらけ出して書いているんです。

神野三鈴拡大神野三鈴

――なるほど。

 アーサー・ミラーはこれから贅沢な黄金期を迎えるというときに、「若者たちが戦地に行って犠牲になった結果、アメリカは贅沢になるんだ」と『All My Sons(みんな我が子)』で搾取され、引き裂かれて崩壊していく若者たちを描いたんです。

 Black Lives Matterの後に、アフリカ系アメリカ人側からジェレミーが赤裸々に描いたことはとても大きな意味があるのではないかと思います。学生のときに書いた作品だから完ぺきなものではないとしても、オフ・ブロードウェイやロンドンで上演されたのは「これは今やるべき作品だから」と思われたということ。ジェレミーでないと書けない物語なんですよね。

――神野さんが演じるゾラはフランクリンの母親。ゾラはフランクリンとアンドレの関係についてはどう考えているのでしょうか。

 ゾラは最初からフランクリンのセクシュアリティは受け入れている。「なってほしい形ではなく、現実をそのまま受け入れている」人なんですね。敬虔なクリスチャンで、白人よりもセクシュアリティに対して厳しいアフリカ系アメリカ人のゾラがなぜ認めているかというと、息子だから。息子のことは受け入れるしかないと思うんです。

『ダディ』はこの世界の父性の不在を表すタイトル

――作品のタイトルが『ダディ』となっていますが、『ダディ』というタイトルにどういう意味が込められていると思いますか。

 私は、この世界の父性の不在を表すタイトルだと思います。人間はずっと神様にお祈りしていますが、神様=天なる父なんですよね。宗教が生まれてからずっと、人間は神にすがり、保護を求めてきたと言えるかもしれない。それだけ保護を必要としている世界なんですよね。そんな中で父親がいないことで、保護がない状態で不安と孤独に陥ってしまう。

 一方男性も大変で、父になったらすべてを背負う強い男でいなければいけないという幻想に縛られる。それで逃げ出したくなる人もいるんだと思いますね。

 アフリカ系アメリカ人の話だけではなく日本でもそうで、私の周りでは「親父が理想」という人に3人くらいしか会ったことがない(笑)。親になるというのは、自分のやりたいことを犠牲にしてもやらなければいけないことでもありますよね。私の父も家族を愛していたけれど、すべてを背負う強い父親になりきれなくて、しょっちゅういなくなってしまったんです。本当は愛情だけでいいのに、「家族を養わなければ」という思いを持ってしまう人も多い気がします。

 特に男性の場合は自分で子供を産むわけではない。自分が命をかけても守ると思った女性に子供ができて、その女性が「男性よりも何よりもこの子が大事」と思ったとき、男性は女性も子供も命がけで守ると思えるかというと、全員が全員そうではないですよね。ゾラの夫もそうではなかったんじゃないでしょうか。

 この作品の中では全員が自分の問題に気づいているのに、最後まで見ないふりをしている。最後に認めることで、失うものはあるけれど、自由になれるところもあるんだと思いますね。

◆公演情報◆
『ダディ』
東京:2022年7月9日(土)~27日(水) 東京グローブ座
大阪:2022年8月5日(金)~7日(日) COOL JAPAN PARK OSAKA TTホール
公式ホームページ
公式Twitter
[スタッフ]
作:ジェレミー・O・ハリス
演出:小川絵梨子
[出演]
中山優馬
大場泰正 原嘉孝 前島亜美 谷口あかり 菜々香 / 長野里美
神野三鈴
〈神野三鈴プロフィル〉
 劇作家テネシー・ウィリアムズが描くガラスのような精神に共鳴し、それを演じたいという衝動で役者になる。舞台『三谷版 桜の園』(三谷幸喜演出)『組曲虐殺』(栗山民也演出)で第47回紀伊国屋演劇賞個人賞、『マクベス』(V・べリャコーヴィッチ演出)『組曲虐殺』(栗山民也演出)で第27回読売演劇大賞最優秀女優賞、『All My Sons』(詩森ろば演出)で第28回読売演劇大賞優秀女優賞を受賞。22年には映画『LOVE LIFE』(深田晃司監督)、『百花』(川村元気監督)の公開も控えている。
公式ホームページ
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筆者

大原薫

大原薫(おおはら・かおる) 演劇ライター

演劇ライターとして雑誌やWEB、公演パンフレットなどで執筆する。心を震わせる作品との出会いを多くの方と共有できることが、何よりの喜び。ブロードウェー・ミュージカルに惹かれて毎年ニューヨークを訪れ、現地の熱気を日本に伝えている。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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