メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

OSK『陰陽師 闇の貴公子☆安倍晴明』、“明るく清い”晴明の魅力

青木るえか エッセイスト

 OSK日本歌劇団創立100周年記念公演の第3弾、『レビュー in Kyoto』が京都・南座で7月9日より絶賛上演中である。

 第一部は『陰陽師 闇の貴公子☆(←五芒星が正式表示)安倍晴明』。OSKはレビュー劇団であり、松竹公演では日舞も洋舞もレビューをやるのだが、今回はひさびさに芝居だ。それも、『闇の貴公子』だ。

OSK日本歌劇団創立100周年記念公演『レビュー in Kyoto』の『陰陽師 闇の貴公子☆安倍晴明』(☆は五芒星)。安倍晴明(左、楊琳)と源博雅(翼和希)=京都・南座、撮影・久保昌美 OSK日本歌劇団創立100周年記念公演『レビュー in Kyoto』の『陰陽師 闇の貴公子☆安倍晴明』(☆は五芒星)。安倍晴明(左、楊琳)と源博雅(翼和希)=京都・南座、撮影・久保昌美

 といっても『闇の貴公子』なんて皆さんご存じないと思いますが。

 OSK日本歌劇団は、2002年、ちょうど創立80周年の節目に、当時の親会社の近鉄から「支援を打ち切る」という決定がなされていわゆる「解散」ということになった。

 その時、OSKのファンは、

 「『闇の貴公子』を見てもらえれば、OSKは解散しないですんだのに……!」

 と悔し泣きに暮れたのである。言って詮ないことはわかっていたが、ほんとにあの時のOSKファンは、「OSKには『闇の貴公子』があるのに! これさえあればなんとかなるのに!」と信じてたんです。

 で、その『闇の貴公子』とは。

 ミュージカルである。原作は夢枕獏『陰陽師』。作・演出は北林佐和子。

 今でこそ陰陽師モノ、安倍晴明モノはドラマにもマンガにもゲームにも映画にも舞台にもあふれてますが、OSKの『闇の貴公子』は2001年上演だから相当に早かった。早すぎたかもしれない。見た時にはびっくりした。「す、すげえ、こんなカッコイイ和物のミュージカルがあるのか……!」と客席でのけぞった。

 少なくとも宝塚歌劇団でこんなミュージカルは見たことがなかった。陰陽師と鬼の戦い。鬼は迫害された渡来民族。男役よりも強くてかっこいい女の鬼。ものすごくOSKの独自性を感じた。そうか、OSKの魅力ってのはこれか! と思ったぐらい『闇の貴公子』はすごかった。

 しかしいかんせん当時のOSKはマイナー劇団であってこの作品の凄さはほとんど知られることもなく終わってしまったのであった。この上演の翌年に支援打ち切り発表。ファンの無念を知ってほしい。

 その『闇の貴公子』が20年(正確には21年)の時を経て甦った。OSKが解散から存続運動を経て100周年を迎え、『陰陽師 闇の貴公子☆安倍晴明』を上演するなんてことを、当時の自分に教えてやりたい。それも舞台は京都の南座。2001年は近鉄劇場(ここも、今はもうない)と日本青年館だったのに、劇場もグレードアップしてるし。

生身の人間が表現するとしたら、少女歌劇の世界しかない

 ということでいいかげん昔話はやめて、この公演のレポートをします。

 2001年の『闇の貴公子』と、今回の『闇の貴公子』は、作・演出と主な登場人物と主なストーリーは同じなので、再演というべきものなのかもしれないが、初演が二幕で2時間以上あったものを、一幕1時間に圧縮しているのでいろいろな意味で別の作品になっている。

 初演と何が違っているかというようなことは、どうせ初演を見た人なんか少ないのでここでは触れない。べつにやさぐれているわけではなくて、そんなことよりもこの、令和版OSK『陰陽師』における「安倍晴明像」が、けっこう興味深かったのでそっちのほうを語りたい。

 安倍晴明という人物は、すでに相当イメージが出来上がっている。どんな小説でもドラマでもゲームでも、晴明という人は美しく、クールでポーカーフェイス、笑う時は静かに唇の端だけまげて「ふっ……」とかやるような。陽ではなく陰。太陽ではなく月。そして陰陽師としての能力は超弩級……。

 そんな孤高のクールビューティーが、ただ一人、心を開く人間が、源博雅(みなもとのひろまさ)。

 この、晴明と博雅のコンビ(カップル?)というのが多くの人の心を揺り動かす。博雅という男が、晴明と正反対の、太陽みたいな男。実直で暑苦しい、真面目すぎる、まっすぐの好男子。この晴明と博雅の「陰陽コンビ」が、都に跋扈(ばっこ)する鬼や怨霊を退治しながら互いの魂を高めあっていくという「バディ物」。このカップルをつくりだした夢枕先生はすごいなあとつくづく思う。

 それでしばしば、この二人は「バディ(相棒)」を超えて、BL(ボーイズラブ)の世界まで踏み込んでいったりする。博雅が女に恋する(そしてほぼ失恋する。相手が鬼だったり怨霊だったりするから)のをじっと見守って恋にやぶれた博雅を静かになぐさめてやるとか、恋した女と地獄に堕ちようとする博雅に、おれも連れていけ! と叫ぶとか、そんなことをして静かに満足する晴明……、そんなあたりにBLの香りを、読者や視聴者や客は嗅ぎ取ってしまう。

左・源博雅(翼和希) 右・文殊菩薩の使い 維摩(虹架路万) 源博雅(左、翼和希)と文殊菩薩の使い、維摩(虹架路万)=撮影・久保昌美

 今どきの、何かとBLにしてしまう風潮はいかがなものかと思いながらも、ついついそういうことを妄想したくなるような、よくできたキャラなんですよ安倍晴明っていうのは!

 そこで、OSKの晴明である。

 トップスター楊琳(やん・りん)が晴明を演じたわけだが、見てつくづく思った。「テレビドラマでも映画でも演劇でも、生身の人間が『陰陽師』の世界を表現するとしたら、少女歌劇の世界しかないんじゃないか」と。

 少女歌劇における「男役」と「娘役」というのはある意味「畸形」で、人間界にはありえない美しいルックスとスタイルを実現している。魑魅魍魎、鬼、怨霊、陰陽師……なんていう世界は少女歌劇のスターじゃなければ演じることはできないと思う。『陰陽師』、宝塚歌劇団に先に取られなくてよかった……と、OSKのファンは胸をなで下ろす。

え! 安倍晴明が陽キャ?

安倍晴明(楊琳)安倍晴明(楊琳)=撮影・久保昌美

 楊の晴明は申し分なく美しい。烏帽子をかぶってもサマになるが、烏帽子を取って、結った髪が流れているところの美しさなどは、それだけ見てたって「ああ、これは人ならぬ人だ、闇の貴公子だ」と思ってしまう。

 そして、この晴明は明るいのだ。闇なのに。

 明るい安倍晴明というのはけっこう新機軸だと思う。最初は「え! 安倍晴明こういう人なん? 陽キャ?」とびっくりする。

 「イメージができあがっているキャラクター」に「あえて変わったことをさせる」というのは、こういう舞台ではよくあることでだいたい失敗するんだけれど、

・・・ログインして読む
(残り:約2250文字/本文:約4963文字)