舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』を深掘りする後編です。この作品の台本には、ストーリーのおもしろさに加え、シェイクスピア劇のように韻を踏んで「詩」になっているセリフなど、言葉の工夫がたくさんあります。その魅力を、翻訳者の小田島恒志さん、小田島則子さんが紹介します。前編はこちら。

『ハリー・ポッターと呪いの子』のハリー(藤原竜也、左)とハーマイオニー(早霧せいな)=©渡部孝弘
翻訳者泣かせ、言葉一つに意味多重
押韻詩は、日本語訳でもできるだけその形式が伝わるように語尾の音で言葉を選ぶため、どうしても一字一句意味を正確に訳すわけにはいかなかったが、特に訳すのに苦労した詩が魔法省のハーマイオニーの執務室で語られる。
これは「喋る本」から発せられるのだが、これらの本は「喋る」だけでなく「武器化されている」(weaponized)という設定で、謎を掛けてきて、それが解けないと攻撃してくる(飲み込んでしまう)というのだから恐ろしい。謎かけの正しい答えに該当する本を書棚から見つけ、その本からさらに次の謎が掛けられる。これは、その2冊目の謎かけの詩だ――
I was born in a cage
But smashed it with rage
The Gaunt inside me
Riddle me free
Of that which would stop me to be.
檻の中で生まれた私
怒りでその檻粉砕し
我がゴーントの血の陰鬱
リドルを解いて奮い立つ
真なる我を解き放つ。
この詩には翻訳者泣かせの言葉があるのだ。
まず、「ゴーント」だが、これはハリー・ポッター・シリーズで繰り返し語られてきた「純血の旧家」の家名で、この家系からヴォルデモーが生まれるわけだが、詩行の中に読み込まれると、本来「gaunt」という単語の持つ意味(「不気味な」「荒涼とした」という意味の形容詞に「the」がつくことで「不気味なもの」「荒涼としたもの」を意味する)も訳す必要が出てくる。
さらに「リドル」はお馴染みのヴォルデモーの本名「トム・マルヴォロ・リドル」だが、同時に動詞「(人に)謎を解いてやる」の意味でも使われている。これは原文通りの「面白さ」はなかなか訳し切れるものではない。
実は、「ゴーント」という家名は、先述のシェイクスピアの「ヘンリアッド」(イングランドの王位を争った内戦「薔薇戦争」を描く歴史劇8編の総称)にも登場している。もともと薔薇戦争勃発の原因となったランカスター家の祖が「ジョン・オブ・ゴーント」という人物で、『リチャード二世』に老公爵として登場し、甥リチャードの悪政を嘆くセリフがある。
そうなると、ハリー・ポッター・シリーズにおける魔法戦争はシェイクスピアの薔薇戦争を、いや、現実のイギリスの歴史と戦争を照射していると言えなくもない。