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ミュージカル『ミス・サイゴン』、伊礼彼方&昆夏美取材会レポート

最後までカンパニーが一丸となって作品を届けたい

真名子陽子 ライター、エディター


 2020年にコロナ禍で中止になったミュージカル『ミス・サイゴン』が、29日から東京・帝国劇場を皮切りに、全国9都市で再演される(大阪、愛知、長野、北海道、富山、福岡、静岡、埼玉)。本作は、『レ・ミゼラブル』のクリエイティブチームが手掛ける第2弾として製作され、日本では1992年の初演から、通算上演回数1463回を重ねる大ヒット作品で、今年、日本初演から30周年を迎える。

 エンジニア役に初挑戦する伊礼彼方と3度目のキム役を演じる昆夏美が、大阪市内で開かれた取材会で思いを語った。

2年の間に引き出しが増えた

伊礼彼方(右)と昆夏美=木村桂子 撮影拡大伊礼彼方(右)と昆夏美=木村桂子 撮影

――2020年に稽古途中で公演中止になってしまいました。今回、上演するにあたって、作品や役への思いなど、この2年があったからこその変化がありましたら聞かせて下さい。

伊礼:この2年の間にいろんな作品で役を演じてきましたので、役へのトライの仕方や引き出しが増えましたから、さらに深められるだろうなと思っています。メンタル的なことで言うと、ファンサービスをするのが実はそんなに得意ではないんですね、意外でしょ?(笑) こう見えて恥ずかしがり屋なので、この2年の間にファンサービスはものすごく喜んで頂けるんだと感じる経験をさせてもらいました。だから、エンジニアがイケイケで歌う「アメリカン・ドリーム」などは、新たな表現ができるんだろうなと思っています。

:今までやらせていただいた役が前へ進むエネルギーにあふれた役が多くて、そのパワーを前面に出して演じていました。これまでにキムを演じたときも、そのパワーがキムの生きる力やバイタリティーになっていたので、それは良かった点なのですが、この2年で感じたのは、そのパワーの出し方にもいろいろあるということ。ワーッと前へ前へ出していたパワーの質が変わってきていると、ある演出家の方に言われたんです。それを知ることができたので、エネルギーを前面に出す中での出し方を考えられたらなと思っています。

子どもに対して理解できる要素が増えた

伊礼彼方=木村桂子 撮影拡大伊礼彼方=木村桂子 撮影

――伊礼さんはどういう風にエンジニアを演じたいと思っています?

伊礼:僕、成り上がりが好きなんです。漫画や作品などもその系統のものが好きなので、そういった役を演じられる年齢になり、また、実力も伴ってきたのかなと思うんですね。今まではかっこいい路線、いわゆる二枚目の役が多かったのですが、ずっと汚れ役をやりたいと思っていたんです。なので、帝劇でエンジニアを演じることは、僕にとってそれこそアメリカン・ドリームで、自分で掴んだチャンスなんですよね。それをどこまで自分のものにできるかをこれから試していきたいです。オーディションで演出家に言われたんですけど、伊礼は今の状態だとオオカミだと。僕が求めているエンジニアはハイエナなんだと言われたときに、自分の引き出しがまだ足りていないんだと思いました。ただ、この2年間でそのハイエナになれる準備はできたので、皆さんにうまくお見せできたらなと思っています。

昆夏美=木村桂子 撮影拡大昆夏美=木村桂子 撮影

――昆さんは今回3回目のキムですが、どのように演じようと思っていますか?

:初めてオーディションを受けたのは22才だったのですが、もう必死でした。周りに子どもがいる環境ではなかったですし、私にも子どもはいないですし。子どもを慈しみながら自分のすべてをこの子のために捧げるという感覚は、理解はできるけれども共感はやはりできないんです。お母さんにならないと絶対にできないと思うんですよね。さきほど言ったように、絶対にキムを成功させなきゃという前へ向かうパワーが良い作用をしていたんだと思います。今回もお母さんになっていないですし、環境は変わっていませんが、友達が子どもを産んでいたりして、その友だちに会うと表情が変わっているんですよね。あの時代のキムと今の日本女性の子どもの接し方や育てる環境は全然違いますが、年齢を重ねてきた分、ちょっとずつ理解できる要素が増えましたので、母の部分もちゃんと出せたらなと思っています。

哀れで悲しい男、それを隠して演じたい

伊礼彼方=木村桂子 撮影拡大伊礼彼方=木村桂子 撮影

――それぞれエンジニアとキムはどのような人物と捉えていますか?

伊礼:僕が思い描いているエンジニアは、ものすごく孤独で居場所を探している人。エンジニアはフランスとベトナムの混血なんですけれども、僕もハーフなんですね。僕自身が、顔も違う、言語も違う、文化も違う、いろいろ違うということを経験しているんです。その違いが自分1人だけだと、世界から取り残されている気分になって孤独を感じるんですよ。そして、その孤独を埋めるために、悪目立ちしようとするんですね。それが人によって、非行に走ることだったり、思わず才能が開花してその才能で生きることだったりすると思うんです。僕も少し悪ガキだった時期があって、でもそうしないとその孤独というストレスを発散できなかったんですね。

 それと同じようなものをエンジニアにも感じています。女の子を道具として扱う、人を物としか思わない、そういう接し方をしないと自分が保てないんじゃないかと僕は捉えています。なので、彼の行動をすごく哀れだなと思うのと同時に、悲しい男だなと感じます。その思いを持ちながら、でもそれを隠してエンジニアを演じたいなと思っています。彼の非常に危険な行動は、時代に逆らえない、戦争に翻弄された人の仕方ない生き方……それを踏まえてエンジニアという人格を作れたらなと思っています。

昆夏美=木村桂子 撮影拡大昆夏美=木村桂子 撮影

:キムは『ミス・サイゴン』の中の登場人物ですけれど、キムのような人は当時たくさんいらっしゃったと思いますので、責任を持って演じたいと思っています。キムは17歳でエンジニアのもとに来るのですが、その前に両親が死んだところも見ている。許嫁もいて、もちろん友達もいたし、家族とも仲が良かっただろうけど、閉ざされた世界でずっと生きてきた女の子なんだろうなと思っています。見たことのない社会で、自分の人生を変える人に出会うなんて全く考えていなかっただろうと思います。クリスとの出会いなのか、エンジニアとの出会いなのか、キムの人生を大きく動かし、子どもが生まれて……。おとぎ話ではなく、こういう人がいたんだと感じながら演じたいと思います。

お客様に届けたいという思いがプラスされた

伊礼彼方(右)と昆夏美=木村桂子 撮影拡大伊礼彼方(右)と昆夏美=木村桂子 撮影

――日本初演から30周年ですが、そのことについて思うことは?

伊礼:2020年に公演が中止になって、多くの方が悲しい思いをされたと思うんですよね、僕らもそうでしたし。当たり前に生きていますけれども、この作品にもあるように、今、世界では大変な思いをされている方が大勢いらっしゃいますし、また、コロナで多くの方が苦しんでいます。そんな中、健康で舞台に上がれることに、感謝の気持ちしか芽生えなくなっています。全公演を完走することが今は奇跡なんですよね。30周年ではありますが、とにかく最後まで公演ができるようにカンパニーが一丸となって作品を届けたい、ただただそういう思いでいます。

:全く同じ思いです。

伊礼:そうだよね、今はみんなそういう思いなんですよ。

:いつどんな状況になるかわからないので、30周年の『ミス・サイゴン』を楽しみに待ってくださっている方たちにお届けしたい、それだけです。でも、そのひとつの思いがあるとカンパニーもより一致団結します。作品を成功させるというのはいつもみんなが思っていることですが、そこにお客様に届けたいという思いがプラスされているので、いろいろありますがポジティブに捉えて、30周年の『ミス・サイゴン』をお届けしたいなと思っています。

どうやってタムを抱きしめるのか? 楽しみ

伊礼彼方(右)と昆夏美=木村桂子 撮影拡大伊礼彼方(右)と昆夏美=木村桂子 撮影

――(2020年は)短い稽古期間であったと思いますが、その中で感じたお互いのキムとエンジニアについての印象を聞かせてください。

:稽古の組み合わせ上、一緒にお芝居をすることはできなかったので、稽古場で見た印象になりますが、「Welcome to Dreamland!」とエンジニアが言って物語が始まるその時に、手を広げた伊礼さんが本当にカッコよくて、華と色気がすごいなと! 先輩に向かってすみません! それがとても新しいエンジニアで、ギラギラしているというより華やかなエンジニアという印象が強かったです。

伊礼:2幕のキムの心情の振り幅が一番広がるシーンまで稽古できなかったので、その前の初心な17歳のキムのシーンを見たんですけど、3度目のキム役で、今もなお初心な少女を演じられるのは素晴らしいなと思います。エンジニアが「Dreamland!」と言ってキムを紹介するのですが、その時の立ち姿や表情はなかなかできないと思います。

:20代前半でキムを演じて良かったなと思います。31歳の私が初めてやるよりも、23歳だった私が初めてやった方が感覚としてしっくりくる部分があると思っていて、その感覚を1度経験していることは良かったです。

伊礼:今回楽しみにしているのは、どうやってキムがタム(キムの子)を抱きしめるのか? いつも舞台を観るときに、子どもや相手役をどうやって抱きしめるのかに注目しているんです。そこに、愛情やつながりを役としてどこまで掘り下げているのかを見るんです、同じプロとして。そこが楽しみです!

:コワイです……(笑)。他人の子は無条件に可愛いと思えるんですけど、自分の子どもになるとそうはいかないですよね、そこが難しいなと感じています。知念(里奈)さんと同じ時期にキムを演じさせていただいたのですが、知念さんは吸い込むように抱きしめるんです。それがとてもナチュラルな動きなんですよね。

伊礼:そうなんだよね。役者なので研究をするし練習もするんですけど、今言ったようにナチュラルに感覚的にできる人と、意識しすぎてしまってそれが見える人がいるので、お客様には伝わるかはわかりませんが、僕には確実に伝わるんで!(笑)

:どうしよう⁉……何か気になったら言ってください!

伊礼:(笑) わかりました!

◆公演情報◆
ミュージカル『ミス・サイゴン』
東京:2022年7月29日(金)~8月31日(水) 帝国劇場
※プレビュー公演 7月24日(日)~28日(木)帝国劇場
大阪:2022年9月9日(金)~19日(月・祝) 梅田芸術劇場メインホール
愛知:2022年9月23日(金)~26日(月) 愛知県芸術劇場 大ホール
長野:2022年9月30日(金)~10月2日(日) まつもと市民芸術館
北海道:2022年10月7日(金)~10日(月) 札幌文化芸術劇場 hitaru
富山:2022年10月15日(土)~17日(月) オーバード・ホール
福岡:2022年10月21日(金)~31日(月) 博多座
静岡:2022年11月4日(金)~6日(日) アクトシティ浜松 大ホール
埼玉:2022年11月11日(金)~13日(日) ウェスタ川越 大ホール
公式ホームページ
[スタッフ]
オリジナル・プロダクション製作:キャメロン・マッキントッシュ
作:アラン・ブーブリル/クロード=ミッシェル・シェーンベルク
[出演]
エンジニア役:市村正親、駒田一、伊礼彼方、東山義久
キム役:高畑充希、昆夏美、屋比久知奈
クリス役:小野田龍之介、海宝直人、チョ・サンウン
ジョン役:上原理生、上野哲也
エレン役:知念里奈、仙名彩世、松原凜子
トゥイ役:神田恭兵、西川大貴
ジジ役:青山郁代、則松亜海 ほか

筆者

真名子陽子

真名子陽子(まなご・ようこ) ライター、エディター

大阪生まれ。ファッションデザインの専門学校を卒業後、デザイナーやファッションショーの制作などを経て、好奇心の赴くままに職歴を重ね、現在の仕事に落ち着く。レシピ本や観光情報誌、学校案内パンフレットなどの編集に携わる一方、再びめぐりあった舞台のおもしろさを広く伝えるべく、文化・エンタメジャンルのスターファイルで、役者インタビューなどを執筆している。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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