2022年07月27日
参議院選の公示から1週間ほどが過ぎた6月30日、思いがけないニュースが音楽界を揺るがした。日本音楽事業者協会(音事協)、日本音楽制作者連盟(音制連)、コンサートプロモーターズ協会、日本音楽出版社協会の4団体が、自民党から出馬した生稲晃子氏と今井絵理子氏を支援する「決起集会」を開催したのだ。
他業種であれば、業界が「族議員」的な政治家を抱えようとするというのは、特に珍しい光景ではないのかもしれない。だが、音楽界では業界団体が選挙で特定の候補を支援するのは前例がなかった。とりわけ、筆者が驚いたのは、音制連を含む4団体が揃って、それを行ったことだった。
芸能プロダクションを中心とした音事協は、歴史的に自民党との関係が深かったと思われる。元「おニャン子クラブ」の生稲晃子氏と元「SPEED」の今井絵理子氏も、音事協に加盟する事務所所属のアイドルとして活動した過去を持つ。
対して、音制連はフォーク・シンガーやロック・バンドを擁する音楽事務所が主体となって形作られた団体である。反骨精神旺盛な人々によって作られ、音事協とは対照的な性格を有していた。加盟音楽事務所に所属するミュージシャンの顔ぶれを見ても、政権与党への選挙協力は似合わない。
ニュースがネットを駆け巡ると、すぐに反発の声が上がった。音制連の会員であるDJ・音楽家の沖野修也氏は「寝耳に水」とツイートした。4団体は理事会で2候補の支援を決定したが、そのことを会員には伝えていなかったのだ。7月1日になって、団体から会員へのメルマガの形で、“去る6月30日、音楽4団体は、自民党本部において、報道関係者に向けて「今井絵理子、いくいな晃子決起大会」を開催しました”という事後報告が行われている。
そのメルマガには「この記事は上記候補者への投票を呼び掛けるものではございません」という但し書きもある。奇妙なことに、4団体は「決起集会」なるものを行った以外には、ほとんど何もしなかった。それぞれのウェブサイトでも何のステイトメントも発表されていない。組織内で票を取りまとめた様子も見られない。4人の代表が「一丸となって」と拳を上げただけだった。
SaveOurSpaceの抗議声明はミュージシャンの後藤正文氏や政治学者の五野井郁夫氏らも加わって起草されたもので、明晰な論旨を持っていた。組織の合意形成のプロセスに疑問を投げるとともに、以下の2点において、自民党候補を支援することにも痛烈な批判を投げている。ひとつは自民党は「同性婚の法制化」や「LGBT平等法」に反対し、ジェンダー平等に消極的な政党であるという点。もうひとつは自民党が推進するインボイス制度の導入は、音楽産業を支える多くの個人および小規模事業者にダメージを与えるという点だ。
音楽産業は個人の創造性に多くを負っている。日本の音楽業界に属する個人が、この4団体とまったく関わりない場所で仕事を進めるのは不可能に近い。ゆえに業界団体も、個人を尊重し、少数者を保護し、多様性を支えるべきである、という主張をそこに読み取ることもできる。
筆者もSaveOurSpaceのこうした抗議声明を理解し、賛同した立場だが、それ以前に、業界4団体による特定候補の支援にはひっかかるところがあった。ひとつには音事協、音制連などは著作隣接権料の分配を行う権利委託団体であるという点だ。
例えば、商業用レコードの二次使用料などは、文化庁長官によって指定された指定管理団体である日本芸能実演家団体協議会(芸団協)によって一括徴収されている。その分配は芸団協と協定を結んだ音事協、音制連を含む四つの権利委任団体を通じて行われる。抗議声明に賛同した音楽家達に対して、だったら別の団体を作れば、という声もあったが、こうした権利委任団体は一朝一夕に作れるものではない。
芸団協は公益社団法人であり、文化庁長官によって指定された団体として、商業用レコードの二次使用について定めた著作権法95条の6項(指定団体の要件)の縛りも受ける。音事協、音制連などの権利委託団体は一般社団法人だが、芸団協とともに分配のシステムを構成していることからすれば、その業務は同様の公的な性格を持つはずである。それが特定の政党の候補を支援することは好ましくない。
加えて、音事協の賛助会員には多くの放送局も含まれている。日本音楽出版社協会には放送局の子会社も多い。とすると、選挙中にはとりわけ求められるはずのメディアの中立性の観点からも、特定の政党の候補の支援には疑問も生じる。
伝統的に、日本の音楽業界は政治との関わりが薄かった。だが、
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