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[1]中国「客家土楼」の結婚式、驚異のガイドブック『客家円楼』

関根虎洸 フリーカメラマン

 次の旅行にはどんな本を持って行こうか。旅のスタイルに合わせて、ガイドブックや小説など、機上の人もプールサイドで日光浴する人も、時間を気にせずにゆっくり本を読めるのは日常から離れた旅行ならではの時間といえるだろう。単行本からタブレットに変わっても、旅と読書の関係は変わらない。旅の記録と共に一冊の本を紹介する。

 中国福建省の山間にある客家土楼(はっかどろう)は春節を迎えていた。旧正月の春節は除夕(大みそか)から初一(元旦)、初二(2日目)と続き、15日目の元宵節(げんしょうせつ、旧正月後初めての満月の日)に最終日を迎える。

 客家土楼に魅せられた私はもっとも代表的な土楼の一つである承啓楼に滞在していた。年が明けて花火が上がると、住民が次々と土楼の中央に位置する祖堂に集まり、先祖供養のための大きな蝋燭に火を灯した。

土楼の中心部にある祖堂に集まり、大きな蠟燭に火を灯す承継楼の住民たち。2016年拡大土楼の中心部にある祖堂に集まり、大きな蠟燭に火を灯す承啓楼の住民たち=2016年 撮影・関根虎洸

 春節の期間は、毎夜、白酒や自家製の糯米(もちごめ)酒を飲みながら賑やかな雰囲気が続く。そして15日目(満月の日)を迎えた元宵節には「龍灯」が催される。各村による龍の山車が黄金の玉を追って村々を練り歩くのだ。ドラや太鼓の音に合わせて宙を舞う龍の幻想的な光景に目を奪われた。

春節の最終日は元宵節。満月の夜に龍の山車が練り歩く。2016年拡大春節の最終日は元宵節(げんしょうせつ)。満月の夜に龍の山車が練り歩く=2016年 撮影・関根虎洸
ドラや太鼓の音に合わせて宙を舞う龍の姿はまるで生きているように見えた。 2016年拡大ドラや太鼓の音に合わせて宙を舞う龍の姿はまるで生きているように見えた=2016年 撮影・関根虎洸

 承啓楼が建てられたのは1709年。巨大コロシアムのような4階建ての建物は直径62メートル。部屋数は計288あり、最盛期には600人以上が暮らした。4重の同心円状を形成する建物の中心には先祖を祭った祖堂がある。

承継楼の直径は62メートル。中央に祖堂があり、4重の土楼が同心円状に連なっている=2019年拡大承啓楼の直径は62メートル。中央に祖堂があり、4重の土楼が同心円状に連なっている=2019年 撮影・関根虎洸

 承啓楼に暮らしているのは江(チャン)一族。「客家」と呼ばれる人々である。客家は漢民族の一支流とされ、客家語を共有する人々。春秋戦国時代に戦乱を逃れて北方の中原から南下を繰り返し、先住者との軋轢も絶えなかったことから、中国語で「よそもの」を意味する客家と呼ばれるようになった。

 「2週間後に結婚式があります。ぜひ来てください」。承啓楼でお茶の生産と販売をしている江さんから連絡があったのは2019年の2月。ちょうど春節を迎える頃だった。2013年に初めて江さんの部屋を借りて以来、私が承啓楼を訪ねるのは4度目になる。

新郎の友人たちが車を連ねて新婦の家へ向かう。2019年拡大新郎の友人たちが車を連ねて新婦の家へ向かう=2019年 撮影・関根虎洸
伝統的な衣装を着た新婦は自宅の土楼で時折不安そうな表情を見せた。2019年拡大伝統的な衣装を着た新婦は自宅の土楼で時折不安そうな表情を見せた=2019年 撮影・関根虎洸
新婦は赤い傘を差した父親に手を引かれて自宅の土楼を出発した。2019年拡大新婦は赤い傘を差した父親に手を引かれて自宅の土楼を出発した=2019年 撮影・関根虎洸
承啓楼で出迎えた新郎の母親に手を引かる新婦。2019年拡大承啓楼で出迎えた新郎の母親に手を引かれる新婦=2019年 撮影・関根虎洸

 結婚式の当日、夜明け前に新郎の友人たちが車を連ねて近くの村に住む新婦の家へ向かう。私もカメラを持って同行させてもらった。車で15分程度離れた村に住む新婦もまた親族で小さな土楼に暮らしていた。引っ越しの荷物を友人たちの車に乗せ、父に連れられて自宅の土楼を出た新婦は、神妙な面持ちで嫁ぎ先へ向かう。そして出迎えた新郎の母に手を引かれた新婦はゆっくりと承啓楼の正門を跨いだ。

来客は約400名。土楼の内外にテーブルが設けられていた。2019年拡大来客は約400名。土楼の内外にテーブルが設けられていた=2019年 撮影・関根虎洸
親族のテーブルは土楼の中心部にある祖堂に設けられていた。2019年拡大親族のテーブルは土楼の中心部にある祖堂に設けられていた=2019年 撮影・関根虎洸
新郎新婦は来客のテーブルを回り、高級な煙草を配る。2019年拡大新郎新婦は来客のテーブルを回り、高級な煙草を配る=2019年 撮影・関根虎洸

 結婚式には400人が集まった。江さんによれば、これだけ大きな結婚式は久しぶりだという。 新郎から意外な事実を聞かされたのは、宴が終わってからのことである。

 「これまで承啓楼で観光客を相手に仕事をしてきましたが、街へ出て工場で働く予定です。もう承啓楼の住人はほとんどが引っ越してしまいました」

 私が初めて承啓楼を訪ねた時には、まだ300人近くが土楼に暮らし、伝統的な生活を垣間見ることもできた。以前はタバコやお茶の生産と販売を中心に家畜を飼いながら自給自足の生活をしていたが、2008年にユネスコ世界遺産となった福建土楼の観光客が増えたことで経済的に豊かになり、土楼の住民たちは、近くに一軒家を建てたり、街へ引っ越すなどして、不便な土楼暮らしから離れていったのだという。

宿泊した部屋の広さは6畳程度。シ―ツは毎日取り替えてくれたので衛生面など特に気にならなかった。2013年拡大宿泊した部屋の広さは6畳程度。シーツは毎日取り替えてくれたので衛生面など特に気にならなかった=2013年 撮影・関根虎洸

 かつて「土楼の王」と呼ばれた承啓楼で生活を続ける住人は、すでにほとんどいなくなっていた。

 もしかすると、承啓楼の住人による結婚式は今回が最後になるのかもしれない。

 それでも300年以上にわたり、先祖代々が暮らしてきた江一族にとって、承啓楼が故郷であることに変わりはないだろう。

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筆者

関根虎洸

関根虎洸(せきね・ここう) フリーカメラマン

1968年、 埼玉県生まれ。著書に桐谷健太写真集『CHELSEA』(ワニブックス、2012年)、『遊廓に泊まる』(新潮社、2018年)ほか。元プロボクサー。現在ボクシングトレーナーとしても活動中。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです