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戦争体験の風化と歴史修正主義に抗って

敗戦から77年、演劇を通して考え続ける

古川 健 劇作家(劇団チョコレートケーキ)

戦争劇6本を一挙上演する

 俳優として所属していた劇団チョコレートケーキというおかしな名前の劇団の座付き作家になったのが2009年のこと。それからいつの間にかもう13年の年月が経過した。その間に、劇団だけでも18本の戯曲を書いてきた。その他の仕事を合わせれば倍にはなるだろう。

 今年の夏、日本の戦争にまつわる6本を、東京芸術劇場で一気に上演する機会をいただいた。同じ劇作家の作品が同時期にこれだけ上演されるということは滅多にないことだろう。とても光栄だとありがたく感じると共に、我ながらしつこく『日本の戦争』について取り上げているものだと半ば呆れた気持ちにもなる。

 昔、誰かがこう言っていた。「言いたいことがあるなら芝居にせずに講演しろ」と。

 このあたり説明するのが非常に難しいのだが、少なくとも私は演劇をやりたいから戯曲を書き続けている。何事かを世に訴えたいという初期衝動はまるでなかった。

 そもそも演劇という芸術は、劇場で観客と俳優が生身で対峙することによって成立する。必然的に劇場に足を運ばない人にとっては存在しないに等しい。だから多数に意見を表明するのには不向きな芸術なのだ。

 多数の人に言いたいことを届けたいなら、それにふさわしい表現方法があるだろう。私は演劇が作りたいから戯曲を書いている。そこに自分の言いたいことを込めるのは、「そういう演劇」が作りたいからなのだ。

劇団チョコレートケーキ『帰還不能点』(写真:池村隆司)
 それではなぜ私は戦争について書き続けてきたのか?

 それはそこに自分の興味があるからだとしか答えようがない気がする。

 私は戦争について考えたい。どうして誰も望まないはずの戦争が起きてしまうのか考えたい。戦争によって運命を狂わされた人々の内面を考えたい。傷つきなお生きることを望む人間の強さと弱さについて考えたい。

 そして少数でも劇場に来てくださったお客様と、自分の考えたことを共有したい。ほんの少しの時間でも、お客様にも戦争について考えて欲しい。私にとってはそれもまた、面白い芝居を作るということの一つの形なのだ。

劇団チョコレートケーキ公演
「生き残った子孫たちへ 戦争六篇」
2022年8月17日~9月4日
東京・池袋の東京芸術劇場
 シアターウエストとシアターイースト
全作品の脚本・古川健、演出・日澤雄介

◆シアターウエスト
8月18~21日、26日
 『追憶のアリラン』(2015年初演)
8月24~25日、27日
 『無畏』(20年初演)

◆シアターイースト
8月17~21日
 『帰還不能点』(21年初演)
8月25、26日
  短編連続上演『〇六〇〇猶二人生存ス』(14年初演)/『その頬、熱線に焼かれ』(15年初演)
8月29日~9月4日
 『ガマ』(新作)

詳しくはこちらへ。

『追憶のアリラン』『無畏』『帰還不能点』『ガマ』は配信も(2022年9月17日10時~10月16日22時)。日本語字幕、『追憶のアリラン』にはハングル字幕もある。購入は劇チョコストアから。

風化する体験と歴史修正主義への反発

 しかし、私としても「日本の戦争」を書くことをためらっていた時期がある。

 歴史劇を書き始めてからの数年、私ははっきりとこの題材を意識的に忌避していた。日本の戦争を書くということは、とてもハードルが高いと感じていたのだ。

 今にして思うと、それは他者にどう見られるかという問題より、自分が納得できるものが作れないのではという恐れだったのだと思う。私が書くまでもなく、沢山の表現者が「日本の戦争」を描き、名作も数多い。そんな中で、自分が拙い作品を作り出すことが許せなかったのだ。

 「そうも言ってられないよな」と日本の戦争を描くようになったのには幾つかの理由がある。

 一つには時間の経過がある。

 今年で敗戦から77年が経過した。もうすでに実体験で戦争を語ることのできる語り部はほとんど残っていない。体験者がいなくなって戦争のことが語られなくなったら、今よりも更に風化が進み、あの戦争はなかったことになってしまうかもしれない。そのことに思い至り、私は拙いものであっても自らあの戦争を描こうと思うようになったのだ。

 今回上演される6本のうち、『追憶のアリラン』『〇六〇〇猶二人生存ス』『その頬、熱線に焼かれ』の3本は、どれも戦争を描き始めた最初期の作品だ。それぞれ、朝鮮支配、特攻、原爆を題材としている。『その頬~』の取材で数人の被爆者にお話を伺う機会を持てたのだが、彼女たちは自分たちがいなくなった後原爆がどう語られるのか、口を揃えて同じ不安を語っていたのがとても印象深い。

劇団チョコレートケーキ『追憶のアリラン』(写真:池村隆司)

 もう一つ、日本の戦争を描くことを決意したきっかけには、歴史修正主義に対する反発がある。

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