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「何もない」襟裳岬が癒しをもたらすわけ──岬を訪れて歌詞の意味を考えた

野菜さらだ コラムニスト/言語聴覚士

 襟裳岬。

 おそらく、大体の日本人はそこが北海道であること、道南のとんがった先の岬であることを知っているだろう。そして、ある年齢以上の日本人はほぼ間違いなく、この岬の名の歌を知っていて、そのうちの多くは一度や二度は口ずさんだことがあるだろう。私もその一人である。「襟裳岬」とは、言わずと知れた、森進一の1974年の大ヒット曲で、その年の日本レコード大賞と日本歌謡大賞をダブル受賞している。

 しかし、岬の名は全国区ではあっても、多くの人は訪れたことすらないであろう。道民であっても、なかなか行くことがないということを最近北海道の友人から教えてもらった。ある意味、名前はよく知っているけれど、実はどんなところかよく知らないという摩訶不思議な地でもある。

 先日、久しぶりに仕事で北海道に向かうことになり、少しだけ北海道らしさを味わってから帰京しようと計画を立てたときに、突然、「襟裳岬に行ってみよう!」と思い立った。

 学生時代、ライダーとして、東京から途中津軽海峡は青函連絡船で渡って北海道を周回した際、宗谷岬から根室岬までは海沿いを南下、そこからは内陸を通って苫小牧に抜けたために、唯一パスしてしまったのが襟裳岬だった。あのとき、襟裳岬も行っておけば、と小さな心残りがあった。

 襟裳行きのプランを弟に告げたときに、一度はバイクで行ったことがあるという彼は「歌の通り、何もないよ」とメールしてきたが、それでも一度は見てみたい襟裳岬、と今回はさすがにバイクではなく車を走らせて向かった。

 街の光景が消えた後は、行けども、行けども、緑の大地と波打つ海(写真1)。新千歳空港からは、約180キロ、4時間弱の道のりだ。実際のところ、かなり遠い。

撮影・筆者拡大【写真1】撮影・筆者

 襟裳に近づくにつれて、聞いていた通り、コンビニはおろか、お店もまばらな街道となっていく。そして行き着いた岬は、私にとっては南アフリカの喜望峰を彷彿とさせる絶景であった。年間のうち3分の1くらいは霧や雨で視界が開けないというが、その日は水平線まで見渡せる穏やかな天候であった。

 「これが、“あの”襟裳岬……」。息を呑んだ(写真2)。

【写真2】拡大【写真2】撮影・筆者

 地元の人に「あの……森進一さんもここに来たんでしょうか?」と尋ねると、「(襟裳に何もないって言われて)、最初はあったま来ていたけど、歌詞の意味がわかって、そうだね……10年くらい経ってから歌いに来たよ」という返事があった。

 「え? メジャーにしてくれて、ありがとう! ではなかったんだ!」と内心びっくりしたが、おじさんの話はさらに続いた。

 「来るとなったら、ファンの人も大勢やってきて、そうだなあ、バス3台で、200人くらいやってきて、宿は雑魚寝状態だったよ」とそのときの熱気を語ってくれた。

 てっきり歌のおかげで名前が売れて良かったという話が聞けるとばかり思っていた私は、急いで「襟裳岬」をダウンロードして、それこそ襟裳岬で襟裳岬を聞いた。

 確かに、歌詞のサビ「襟裳の春は~~~何もない春です~~」は空でも口ずさめるが(襟裳岬歌詞、作詞・岡本おさみ)、ほかのところはさっぱり覚えていない。

 耳を澄ませて聞いてみると、

 「理由(わけ)のわからないことで悩んでいるうち 老いぼれてしまうから」
 「日々の暮らしはいやでもやってくるけど 静かに笑ってしまおう」
 「いじけることだけが生きることだと飼い馴らしすぎたので 身構えながら話すなんて あぁ 臆病なんだよね」

 子どもの頃に聞いても多分全くピンと来なかったであろう、人生を生きるつらさを切々と歌っている歌詞が、今はしみじみと身体にしみてくる。「ああ、半世紀前の大人たちも今と変わらないじゃないか……。この歌詞だからヒットしたのか……」と、疲れた大人たちを労わるメッセージだったのか……と今さらながらわかってきた。

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筆者

野菜さらだ

野菜さらだ(やさいさらだ) コラムニスト/言語聴覚士

本名・三田地真実(星槎大学大学院教育学研究科教授) 教員、言語聴覚士として勤務後、渡米。米国オレゴン大学教育学部博士課程修了(Ph.D.)。専門は応用行動分析学・ファシリテーション論。2016年からオンライン会議システムを使ったワークショップや授業を精力的に行っている。著書に『保護者と先生のための応用行動分析入門ハンドブック』など。教育雑誌連載と連動した 「教職いろはがるた」の動画配信中!

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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