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村田沙耶香『信仰』──私たちはカルト信者よりも「信者」かもしれない

佐藤美奈子 編集者・批評家

ポスト・トゥルース時代の信仰とは?

 安倍元総理銃撃事件の容疑者の母親が、旧統一教会(世界平和統一家庭連合)の熱心な信者である事実が明るみに出て以降、がぜん、この教団への注目度が高まっている。同事件の山上徹也容疑者が犯行動機として、人生と家庭を台無しにされたことによる教団への恨みを語っている以上、注目されるのは当然だし、いわゆる宗教二世が抱える苦しみにはもっともっと光があたってほしい。また、霊感商法や法外な献金額をめぐるトラブル等で刑事摘発されてきた教団なのだから、政治家との関係が追及されるのも当たり前である。

 ただ、事件の衝撃が大きいからこそ、そのインパクトに圧倒され、私たち自身の足元が見えない状態にさせられないだろうか? その心配には細心の注意を払いたい、とも思う。「特定の教団=悪、それ以外の人たち=善」あるいは「新興宗教の信者は特別で、自分たちはいたって普通」といったわかりやすい二元論に陥ることが怖い、と感じるからだ。

 ポスト・トゥルース時代に入ったと言われる昨今は、客観的な事実よりも感情に訴えるコンテンツ、よりわかりやすいストーリー、フェイクニュースのほうが大きな顔をしている。Qアノンにしろカリスマ政治指導者にしろ、何らかの対象を「信仰」する行為・空気感はますます幅を利かせ、強まっているのではないか。

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 「特定の対象を絶対のものと信じて疑わないこと」(デジタル大辞泉)が信仰の一つの意味だとすれば、信じる対象は宗教者(宗教組織)とは限らない。「〇〇を信仰している」などと自覚しないまま、実態としてある対象への「信仰」が生じているのは、むしろ宗教とは一見無関係に見える空間である。

村田沙耶香『信仰』(文藝春秋)拡大村田沙耶香『信仰』(文藝春秋)
 そんなことを考えながら書店に足を運び、目に飛び込んだのが村田沙耶香の新刊である。ずばり『信仰』(文藝春秋)というタイトルを持つ、短編&エッセイ集だ。山上容疑者の事件をはじめ、心揺さぶるニュースの衝撃に潰されそうになる不安を静め、かつ現在日本で暮らす人々の足元を照らす作品として、お勧めしたい。無自覚のうちに陥っている「信仰」の世界を描き、そうした世界を構成する諸々の要素にも気づかせてくれる作品集だからである。

筆者

佐藤美奈子

佐藤美奈子(さとう・みなこ) 編集者・批評家

1972年生まれ。書評紙「図書新聞」で記者・編集者をつとめた後、2008年よりフリーランスに。現在、講談社などで書籍編集・ライターの仕事をし、光文社古典新訳文庫で編集スタッフをつとめる。自身の読書の上では吉田一穂、田村隆一といった詩人の存在が大きい。「死と死者の文学」を統一テーマに「古井由吉論」「いとうせいこう・古川日出男論」(各100枚)を『エディターシップ』2、3号に発表。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです