【50】『8時だョ!全員集合』が北海盆唄を全国区にした⁉
2022年08月18日
「北海盆唄」北海道民謡
作詞・不詳/編曲・今井篁山(1940年)
盆踊りの季節がやってきた。
この2年間、日本全国のほとんどの盆踊りは、コロナ禍で中止を余儀なくされたが、今年は再開が相次いでいる。古来、盆踊りとは、厄災を払って豊年を願うための集団的治癒祈念の習俗なのだから、それは当然の成り行きで、むしろ遅きに失したというべきなのかもしれない。
本来はその地域で生まれ育った盆唄で踊るものだったが、それは戦後の高度経済成長のなかで地域共同体の解体と軌をいつにして次々と失われ、いつしか多くの地域では盆踊りのBGMの定番は、全国的に知られる「♪月が出た出た」の「炭坑節」と「♪踊りおどるなら」の「東京音頭」に取って代わられていった。そして、高度成長にかげりがみえ日本経済が巡航速度に入ったあたりから、これにもうひとつ“他所からの借り物”が加わって3番目の定番となったのが「北海盆唄」であった。
その契機は、「その替え歌がザ・ドリフターズの『8時だョ!全員集合』(TBS)で、オープニングソングになったから」が定説とされている。
『8時だョ!全員集合』といっても、これを実体験として記憶にビルトインされている日本人はすでに50歳を越えているかもしれない。この歴史的エンタテイメント事件もいまや国民的集団記憶とはいいがたいので、未知の読者のために概要を簡単に説明しておくと、『8時だヨ!全員集合』は、毎週土曜の夜8時から1時間、ザ・ドリフターズによるコントと歌に豪華ゲスト陣がからむ完全公開生のバラエティ番組であった。1969年にスタートして終了する1985年までの16年間で803回を数えた。
たしかに1969年にスタートして終了する1985年までの16年間で、視聴率は平均27%、最大時は50%を超えたお化け番組の導入歌となれば、北海道ローカルの民謡が全国区の盆唄に大抜擢されて当然だろう――私も当初はそう思っていた。
そして、その理由は、それが国民的エンタメ番組の“毒消し”の役をはたしたからではないか程度とみていた。
そもそも『8時だョ!全員集合』は、日本PTA全国協議会から「青少年に悪影響を及ぼす俗悪番組」として、チャンネルの切り替えや不買運動の脅しをくらいつづけた。
その“社会健全化圧力”をうけながら、毎回、番組は、リーダーのいかりや長介の指揮のもと、はっぴ姿のドリフのメンバー5人による、
♪エンヤー コーラヤット ドッコイ ジャンジャン コーラヤ
ハァー ドリフ見たさに チャンネル コリャ まわしたら
今日もなァー 今日も逢えたよ コーリャ ソレサナー 五人の色男……
の、健全きわまりないオープニングソングで開演。そして、ドリフターズによるコントと歌に豪華ゲスト陣がからんで、最後は、これまた健全きわまりない「いい湯だな」の替え歌である「ビーバノンノン」が流れるなか、ドリフのメンバー5人の「風邪ひくなよ」「宿題やってるか」などの視聴者への問い掛けでおわる。
これによって、教育団体から目の敵にされた「ちょっとだけよ。あんたも好きねえ」(加藤茶)、「カラスの勝手でしょ」(志村けん)などの“俗悪ギャグ”は浄化されてチャラに。かくしてチャンネル切り替えの脅しのクレームは国民から支持されている「勲章」に転換され、視聴率はびくともしなかった。
なんとも見事な“毒消し”の演出。おかげで、803回もの奇跡の長寿をまっとうし、いつしか元唄である「北海盆唄」は、北海道以外のお盆で、「炭坑節」と「東京音頭」につづく第3の定番BGMとなり、その出だしの
♪北海名物 数々あれど おらが国さの アレサヨー盆踊りヨ
は、多くの国民にすり込まれていった。
と、久しくそう思っていたのだが、ところが、よくよく考察してみると、両者の因果はそんな単純かつ単線的な関係ではなさそうなのだ。
「北海盆唄」はドリフターズの国民的エンタテイメントの“毒消し”を果たした対価として北海道ローカルから全国区の地位を手に入れた一面は否定できないが、それよりも重要なのは、「北海盆唄」を生み育てた民衆のエネルギーと『8時だョ!全員集合』のそれとが通底していることにある。両者の出自と歴史背景には興味深い共通点があって――どちらにも、日本社会を深奥で成り立たせている民衆の猥雑なる情念が内包されているようなのだ。
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