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ミュージカル『ミス・サイゴン』が帰ってきた 出演の小野田龍之介に聴く(上)

コロナ禍の公演中止から6年ぶりの上演 「この作品は演劇の枠を超えたもの」

真名子陽子 ライター、エディター


 ミュージカル『ミス・サイゴン』が、東京・帝国劇場で31日まで上演された後、9月9日から大阪・梅田芸術劇場メインホールを皮切りに、全国ツアー公演がスタートする(愛知、長野、北海道、富山、福岡、静岡、埼玉)。2020年の全公演中止を経て、6年ぶりの上演となった本作は今年、日本初演30周年記念公演として上演されている。

 2016年に初めてクリス役を演じ、今回が2度目となる小野田龍之介に話を聞いた。

頭じゃなくて心で動くということをやらないといけない

小野田龍之介=久保秀臣 撮影
拡大小野田龍之介=久保秀臣 撮影

――6年ぶりのクリス役ですが、今の率直な心境を聞かせください。

 やはりとてもうれしく思います。再びこの作品に身を置けることは光栄なことですし、ほとんどが2年前に中止になったときのメンバーが揃って、なかなかないことなんですよ。それは非常に良かったなと思っています。今回、6年ぶりになりますので、お客様も『ミス・サイゴン』を見たくてウズウズしている頃でしょうから、そういうときに上演できることはとてもうれしいです。

――2年前はお稽古の途中で全公演の中止が決まりました。その時はどんなお気持ちでしたか?

 お稽古に関して言うと、世の中がどうなるかわからない状況下での稽古でしたので、駆け足で進行していたんです。海外スタッフの皆さんがいつ帰国を迫られるかわからなかったんですよね。どれだけ日本にいられるかわからないから、できる限りのハイスピードで稽古をしていました。

――そうだったんですね。

 ただ、作品を経験したことがある身からすると、そんなに急いでやるのはどうなんだろうという思いがありました。性的な描写がクリスとキムだけでなくアンサンブルの方にもあって、そのメンバーのほとんどが初めて参加する方でみんな若いんですね。だからこそ丁寧にひとつずつ感じながら稽古したほうが良いのになと。その大切さを僕は6年前に体験させていただいたので、そんな風に感じていました。役の魂が根強く残るんですよ、どの役も。

小野田龍之介=久保秀臣 撮影
拡大小野田龍之介=久保秀臣 撮影

――確かに難しい描写があります。ゆっくり丁寧に作ることで伝わりやすくなる?

 そうです、頭じゃなくて心で動くということ、それをやらないといけないんだけどな、と心配していました。公演が中止になってしまったことは本当に残念でしたが、今回、改めてお稽古をしてお客様に作品を届けることができるので、そういう意味では良かったかなと。作品の質というところでね。上演することだけが目的ではなく、世界的な作品を世界的な基準で届けることが我々の責任ですから。形だけやるのは簡単なんです。良い演目であればあるほど、ドラマとして完成しているので、歌うだけ、踊るだけでできるんだけど、そこにどう肉付けをするか。その肉付けは頭じゃなくて俳優の心から出るもので、表面だけで創られるものではないと思っています。

 フィクションとして創られていますが、作品で描かれているように生きた人たちが、数え切れない程ベトナム戦争時にいたんですよね。今でも世界中で戦争が起きている中、こういうドラマはどこでも起きていると思うんです。この作品は演劇の枠を超えたものだと思うので、現代に生きている我々の責任と表現者の責任として、様々な責任を負わなければならないと思います。そういう意味でアンサンブルメンバーは特に大変だと思います。

小野田龍之介=久保秀臣 撮影
拡大小野田龍之介=久保秀臣 撮影

――具体的にどういった面で大変なんでしょうか?

 悲劇の中で生きた何百人何千人分の悲鳴や怒号を表現し続けないといけない。それはやはり表面だけではダメで、ひとつずつ感じながら表現しないといけないんです。エンジニアが経営するキャバレーはただのショーパブではなく、ベトナム戦争がもう終わるだろうという時期に、ベトナムの女性たちは、奥さんでもなんでもいいから、いかにアメリカ人にアメリカへ連れて行ってもらうか。より良い暮らしを求めてみんな生き続けているわけですよね。キャバレーでは女性とアメリカ人との接触が描かれているのですが、それを創るには人間同士、俳優同士で信頼関係を創らなければいけない。一瞬のシーンだけど、演じる時はしっかりと演じないといけない。

 キムとクリスは創りやすいんです、ドラマがありますから。でもアンサンブルの方はドラマが描かれていないからこそ、より深く描かないといけないという難しさがあると思います。そういう描写もあれば、2幕の後半では急にアメリカ軍が撤退していきます。約束した人と引き離され、友人、恋人すべてを置いて撤退していくわけです。あのときのベトナム人たちの悲劇、自分たちを殺すかもしれない、どうなるかわからない、その恐怖と置き去りにされた落胆というのは、計り知れないものです。それを俳優としての感度を高めていかに表現できるか。それはやはり即席ではできないですよね。

◆公演情報◆
ミュージカル『ミス・サイゴン』
東京:2022年7月29日(金)~8月31日(水) 帝国劇場
大阪:2022年9月9日(金)~19日(月・祝) 梅田芸術劇場メインホール
愛知:2022年9月23日(金)~26日(月) 愛知県芸術劇場 大ホール
長野:2022年9月30日(金)~10月2日(日) まつもと市民芸術館
北海道:2022年10月7日(金)~10日(月) 札幌文化芸術劇場 hitaru
富山:2022年10月15日(土)~17日(月) オーバード・ホール
福岡:2022年10月21日(金)~31日(月) 博多座
静岡:2022年11月4日(金)~6日(日) アクトシティ浜松 大ホール
埼玉:2022年11月11日(金)~13日(日) ウェスタ川越 大ホール
公式ホームページ
[スタッフ]
オリジナル・プロダクション製作:キャメロン・マッキントッシュ
作:アラン・ブーブリル/クロード=ミッシェル・シェーンベルク
[出演]
エンジニア役:市村正親、駒田一、伊礼彼方、東山義久
キム役:高畑充希、昆夏美、屋比久知奈
クリス役:小野田龍之介、海宝直人、チョ・サンウン
ジョン役:上原理生、上野哲也
エレン役:知念里奈、仙名彩世、松原凜子
トゥイ役:神田恭兵、西川大貴
ジジ役:青山郁代、則松亜海 ほか
〈小野田龍之介プロフィル〉
 幼少の頃よりミュージカルを中心に活躍。2011年に、シルヴェスター・リーヴァイ国際ミュージカル歌唱コンサート・コンクールへ出演し、リーヴァイ特別賞を受賞する。主な出演作品は、『メリー・ポピンズ』、『フィスト・オブ・ノーススター 〜北斗の拳〜』、『レ・ミゼラブル』、『マリー・アントワネット』など。
公式ホームページ
公式twitter

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筆者

真名子陽子

真名子陽子(まなご・ようこ) ライター、エディター

大阪生まれ。ファッションデザインの専門学校を卒業後、デザイナーやファッションショーの制作などを経て、好奇心の赴くままに職歴を重ね、現在の仕事に落ち着く。レシピ本や観光情報誌、学校案内パンフレットなどの編集に携わる一方、再びめぐりあった舞台のおもしろさを広く伝えるべく、文化・エンタメジャンルのスターファイルで、役者インタビューなどを執筆している。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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