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ミュージカル『ミス・サイゴン』が帰ってきた 出演の小野田龍之介に聴く(下)

コロナ禍の公演中止から6年ぶりの上演 「絶対に同情をかうような芝居をしない」

真名子陽子 ライター、エディター


ミュージカル『ミス・サイゴン』が帰ってきた 出演の小野田龍之介に聴く(上)

純愛に見せたら終わりです…

――その中で演じるクリス役は観る方によっていろんな見方がある役だなと思います。女性からすればむかつく奴でもあるし、でもこの人も被害者なんだとも思うし。

 だからこそ情けに走らない。クリス役に正面からぶつかればぶつかるほど、演じる側はものすごく疲弊するし大変なのですが、それは当たり前のことであって、でも、絶対に同情をかうような芝居をしない。

小野田龍之介=久保秀臣 撮影
拡大小野田龍之介=久保秀臣 撮影

――なるほど

 正面からキムと向き合うこと、彼女を救うことがクリスの贖罪になり、ベトナム戦争中に過ぎたことを少しでも浄化できるんじゃないか。そう信じて彼女を守り切るという意思だけで貫いていくのですが、貫けば貫くほど不思議と純愛に見える。でも、純愛に見せたら終わりです……純愛に見えるように見せたら、と言うとわかりやすいかな。

――わざとらしく見えてしまう?

 そう、ただのナルシストの押し売りになる。そんな瞬間が絶対にないようにしています。だから、客席に対するパフォーマンスはないんです。少なくともお客様に訴えかけるような芝居は、クリスにはないと思っています。お客様がこちら側に入ってくる役だと思っているし、だからこそ、純愛でしょ?みたいな芝居はしないし、悲劇でしょ?みたいな芝居もしない。自分の意思だけを伝え続ける……。でもこれが大変なんです。

――それは、6年前に初めてクリス役を演じたときに感じられたことなんですか?

 はい、そう思いましたし、そう演じました。その時に、「クリスの悲劇を初めて感じることができました」、「新たなクリスの人物像を見ることができました」という言葉をいただけたのはうれしかったですね。『ミス・サイゴン』に関わってクリスを演じたひとりとして、『ミス・サイゴン』を違う角度からお客様にお届けできたということが、非常に光栄でした。

どこか他人事じゃないと思えるのでは

小野田龍之介=久保秀臣 撮影
拡大小野田龍之介=久保秀臣 撮影

――6年前と世界情勢が変わっています。今回もまた違った角度から届けることができるのではと思うのですが。

 他国のことが日本で取り上げられる機会って少ないじゃないですか。でもアフガニスタンでは、『ミス・サイゴン』で描かれている「ヘリコプターにしがみつく」ということが実際に起こり、ニュースで流れました。今はロシアとウクライナのこともあって、戦争が日本人の我々にとっても身近になっていますが、僕たちが知っていることはごく一部分だと思うんですよね。それでも非常に心に響きますし、苦しい。その中で戦争を題材にし、その中で生きた人々の物語を見た時に、どこか他人事じゃないと思えることはあるんじゃないかなと思います。

――そうですね。日本も完全に戦争が終わったと言えるのか……。

 そうですよね。10代20代の方たちの中には、日本で100年以内に戦争があったことを知らない方がいると。

――そうなんですね。

 でもそれってある意味、幸せなことでもあると思うんです、争いが身近にないという意味では。でも、自分が生まれた国の100年経っていない歴史を知らないっていうことは悲劇でもあるなとも感じます。

小野田龍之介=久保秀臣 撮影
拡大小野田龍之介=久保秀臣 撮影

――知らないということは感じることができないということでもありますよね。

 戦争はダメよねっていうことを知るんじゃなくて、その中で起きた悲劇、家族が引き離されたりとか…例えば、今まで一緒にご飯を食べていたお父さんやお兄ちゃんが、急に明日から戦争へ行かなきゃいけない。そういうことが当たり前のようにあったんですよね、戦時中は。だからこそ、繰り返しちゃいけないことだと思うんです。引き離されること、国を滅ぼすことだから。そのためには、今を生きる人たちも、戦争をどんな角度でもいいから知った方が良いと思いますし、その題材になると思うんです『ミス・サイゴン』は。

――そんな悲劇を描きながらも、エンジニアの存在や音楽、舞台装置、演出の見せ方で……。

 そう、エンターテインメント要素を入れながらうまくかわしてくれてますね、エンジニアが。『ミス・サイゴン』は「蝶々夫人」が基になっているんですよね。「蝶々夫人」は日本を舞台にした物語ですから、ベトナムの話ですが日本と縁のある作品なんです。

◆公演情報◆
ミュージカル『ミス・サイゴン』
東京:2022年7月29日(金)~8月31日(水) 帝国劇場
大阪:2022年9月9日(金)~19日(月・祝) 梅田芸術劇場メインホール
愛知:2022年9月23日(金)~26日(月) 愛知県芸術劇場 大ホール
長野:2022年9月30日(金)~10月2日(日) まつもと市民芸術館
北海道:2022年10月7日(金)~10日(月) 札幌文化芸術劇場 hitaru
富山:2022年10月15日(土)~17日(月) オーバード・ホール
福岡:2022年10月21日(金)~31日(月) 博多座
静岡:2022年11月4日(金)~6日(日) アクトシティ浜松 大ホール
埼玉:2022年11月11日(金)~13日(日) ウェスタ川越 大ホール
公式ホームページ
[スタッフ]
オリジナル・プロダクション製作:キャメロン・マッキントッシュ
作:アラン・ブーブリル/クロード=ミッシェル・シェーンベルク
[出演]
エンジニア役:市村正親、駒田一、伊礼彼方、東山義久
キム役:高畑充希、昆夏美、屋比久知奈
クリス役:小野田龍之介、海宝直人、チョ・サンウン
ジョン役:上原理生、上野哲也
エレン役:知念里奈、仙名彩世、松原凜子
トゥイ役:神田恭兵、西川大貴
ジジ役:青山郁代、則松亜海 ほか
〈小野田龍之介プロフィル〉
 幼少の頃よりミュージカルを中心に活躍。2011年に、シルヴェスター・リーヴァイ国際ミュージカル歌唱コンサート・コンクールへ出演し、リーヴァイ特別賞を受賞する。主な出演作品は、『メリー・ポピンズ』、『フィスト・オブ・ノーススター 〜北斗の拳〜』、『レ・ミゼラブル』、『マリー・アントワネット』など。
公式ホームページ
公式twitter

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筆者

真名子陽子

真名子陽子(まなご・ようこ) ライター、エディター

大阪生まれ。ファッションデザインの専門学校を卒業後、デザイナーやファッションショーの制作などを経て、好奇心の赴くままに職歴を重ね、現在の仕事に落ち着く。レシピ本や観光情報誌、学校案内パンフレットなどの編集に携わる一方、再びめぐりあった舞台のおもしろさを広く伝えるべく、文化・エンタメジャンルのスターファイルで、役者インタビューなどを執筆している。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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