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「北海盆唄」~盆踊りの源泉は民衆の猥雑な情念の発露にあり 後編

【51】炭鉱が生んだ狂喜乱舞 その最後を『8時だョ!全員集合』が飾ったのか

前田和男 翻訳家・ノンフィクション作家

「北海盆唄」北海道民謡
作詞・不詳/編曲・今井篁山(1940年)

 前編では、いまや「炭坑節」と「東京音頭」につづいて盆踊りの定番BGMになっている「北海盆唄」について、その替え歌が『8時だョ!全員集合』のオープニングソングであったことに焦点をあてて検証を行なった(前編はこちらでお読みいただけます)。

盆踊り拡大海を渡った盆踊り=2022年7月16日、マレーシア・セランゴール州

「歌」にまけず「踊り」も卑猥

 そもそも北海盆唄のオリジンは、多くの人が炭鉱地域に移住したとされる北陸・東北地方の女性器の卑称である「ベッチョ節(踊り)」あるいは「チャンコ節(踊り)」「チョンコ節(踊り)」と呼びならわされてきたバレ歌であり、その歌詞に着目したが、それに合わせる踊りもまた猥雑にして卑猥きわまりなかった。

幌内炭鉱拡大幌内炭鉱の旧立坑(1989年閉山) 筆者撮影

 後編ではそこにフォーカス、エンタメの神様のご機嫌をうかがいながら、さらに検証を深めたい。

 その踊りぶりがどれほど「卑猥性」「猥雑性」に富んでいたか。北海道民謡界の重鎮・吉田源鵬氏によって「北海盆唄」発祥の地と特定された旧幾春別炭坑を市域にもつ三笠市の『新三笠市史・通史編』(三笠市史編さん委員会編、1993年)から、それを引いてみよう。同書には、幾春別炭坑と隣接する幌内炭坑地区の大正12、13年頃の盆踊り風景がこう描かれている。

 「櫓に何百という赤・青・黄の電球が飾られ、夕闇迫るころともなれば踊りの輪は二重、三重にもなり、見物人は老若男女を問わず浴衣がけで幾重にも人垣を作り、夜が深まるにつれ踊りは最高潮に達していった。踊る服装も様々で、印半てんを着、それを赤帯で結び、豆しぼりの手拭で煩かむりをする者もある」

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筆者

前田和男

前田和男(まえだ・かずお) 翻訳家・ノンフィクション作家

1947年生まれ。東京大学農学部卒。翻訳家・ノンフィクション作家。著作に『選挙参謀』(太田出版)『民主党政権への伏流』(ポット出版)『男はなぜ化粧をしたがるのか』(集英社新書)『足元の革命』(新潮新書)、訳書にI・ベルイマン『ある結婚の風景』(ヘラルド出版)T・イーグルトン『悪とはなにか』(ビジネス社)など多数。路上観察学会事務局をつとめる。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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