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つかこうへい、ソウルで〝事件〟に見舞われる

韓国で再び舞台演出を⑦

長谷川康夫 演出家・脚本家

日本から関係者続々、にわか「ツアコン」走る

 1985年11月1日に始まった韓国での『熱海殺人事件』には、日本からも多くの関係者が駆けつけ、それは連日続いた。公演終了まで現地に残る僕につかが命じたのは、彼らを出迎え、観劇前にソウルを案内し、芝居が終わってからはいつもの明洞の居酒屋に皆を連れていくという、まるでツアーコンダクターのような仕事だった。

 その隙間を縫って、本来の目的であるルポの原稿を書き上げ、一緒にやって来た原田が日本に帰る4日までに渡さねばならないのだから、そのハードさは連日2回の公演をこなす「熱海」の役者以上ではないかと、僕は心の中で減らず口を叩いたものだ。

 日本から次々と訪れる客はかなりの数に上った。どういう順でやって来たかははっきり覚えていない。

 初日にまず現われたのは、翌年に映画版『熱海殺人事件』の撮影を控えた志穂美悦子ではなかったか。

ソウルにやってきた仲間たち。ポスターを手にしているのが高橋和男、前列右端が妻の由美子=1985年
 その監督を務める高橋和男も妻の由美子を伴って、別日にやってきている。由美子は高校時代につかこうへいとサイン会で知り合い、大学入学後に我々の劇団の手伝いを始めた子で、解散公演となった82年の『蒲田行進曲』では3カ月間、楽屋番を務めた。そんな関係から高橋と知り合い、この年、つかこうへい夫妻の仲人で結婚したばかりだった。

 劇団の俳優では平田満と酒井敏也が顔を見せた。

観劇に訪れた平田満(中央)、酒井敏也(右)と筆者=1985年、ソウル
 僕は他のどの客より、平田の反応が気になっていた。これまでつかが演出したすべての『熱海殺人事件』に出演し、8年間熊田留吉を演じ続けた平田は、言ってみればつかと共にこの芝居を作り上げた男である。そんな彼がどんな思いで今回の芝居を観るのか……。

 しかし平田はいつも通り黙して語らずで、観劇後も楽しげに居酒屋で焼酎「真露」を口に運ぶだけだった。

 その他にも、かつての劇団の制作陣である岩間多佳子や菅野重郎(この時点では僕のマネージャーでもある)、以来ずっと秘書を務める江美由子、舞台美術の石井強司夫妻など、とても書ききれないほどの仲間たちがこぞってソウル入りした。

 つかと縁のある演劇記者や評論家、編集者なども含めれば、とてつもない数で、僕は公演の前半、その接待に追われることになった。

【韓国で再び舞台演出を】のこれまで
 ①母に捧げるソウル公演、つかこうへい再び舞台へ
 ②つかこうへい演劇の本質照らしたソウル版『熱海殺人事件』
 ③日韓を結んだ大プロデューサーとつかこうへい
 ④ソウル版『熱海殺人事件』への石丸謙二郎の貢献
 ⑤仲間が続々ソウル入り、上演不許可乗りこえたつかこうへい
 ⑥ソウルでの『熱海殺人事件』、ついに開幕

居酒屋での〝事件〟、その時つかは

ソウル版『熱海殺人事件』の舞台=1985年、©斎藤一男

 つかは気が向けばそこに参加したが、そんな中で忘れられない出来事がある。

 それはある一団を迎え、チャーターされたバスで、ソウルを巡っている時だった。たぶん日本でツアーのようなものが組まれていたのだと思う。ガイドのオバサンが付き、あちこち案内された後、昼食を取ってから土産物屋に回るということが伝えられた。

 しかし僕は小山と相談し、彼女が行こうとしている店を拒否したのだ。そして何度か行ったことのある食堂を指定し、バスを向けてもらった。そこで食事を終えたあと、土産物屋もパスし、確か東大門か南大門の市場へ皆を連れて行ったはずだ。

 バスに戻ったとき、ガイドのオバサンは明らかに不機嫌だった。二つの店からのマージンがふいになったのだろうことはわかった。

 そしてそれまでずっと日本語で話していた彼女が、かなり大きな声で、ブツブツと韓国語を唱え始めた。と、隣に座っていたつかが、笑いを噛み殺しながら、僕の耳元で言った。

 「おまえ、クソミソ言われてるぞ。このバカ日本人が!ってよ」

 つかはなぜか嬉しくてならないようだった。

 そして別の夜、いつもの明洞の居酒屋だった。

 つかを中心にその日の客たちと盛り上がっていると、離れたテーブルに座る若い男の3人組が、こちらに目をやりながら、これ見よがしに言葉を吐き捨てるのがわかった。

 もちろん理解はできないが、つかに対してわざと聞こえるように、非難を放っているらしいのはわかった。

 つかの芝居はすでに相当数マスコミに取り上げられ、その顔は知られている。どうやら日本から帰って来て調子に乗りやがってということだろう。在日の同胞に対する、こちらの一部の人間の思いのようなものが、凝縮されているようだった。

 僕らの席は静まり返り、つかも一瞬真顔になる。

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