井上威朗(いのうえ・たけお) 編集者
1971年生まれ。講談社で漫画雑誌、Web雑誌、選書、ノンフィクション書籍、科学書などの編集を経て、現在は漫画配信サービスの編集長。
※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです
『プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争』をめぐって
──でもトランプは4年間も大統領をやったんだから、その間にディープステートを打倒しちゃえばいいじゃないですか。
山田 ところがトランプは政権に入ってむちゃくちゃなことをするので、当然のように現場から抵抗されたわけです。大統領に情報を上げたらひどいことになるので実際には上げなかった、という人から僕も直接話を聞いたことがあります。たとえばトランプは、中国の習近平・国家主席と初めて首脳会談をしたときに、チョコレートケーキを褒めながら、「いやあ、さっきシリアに59発の爆撃をしてね」といきなり機密をバラしてしまった。こんな人に、北朝鮮のホットな情報を届けたら大変なことになってしまいますよね。
──なるほど、事実として政府機関の中に、トランプのやることを妨害している人たちがいた。それをトランプに言わせると、ディープステートが大統領に抵抗しているからだ、となる。
山田 はい。ですが、それは大統領がトランプであったからで、ディープステートが暗躍したからじゃないですよね。そこに陰謀論者たちが言ってるような、小児性愛とかそういう話は出てこない。
──でも民主党のパトロンだった大富豪のジェフリー・エプスタインが、自分の島で仲間たちと小児性愛の宴にふけっていた、っていう話だってあるじゃないですか。
山田 そうなんですよね。多くの有力者が彼との付き合いを否定できなかった。
──エプスタインによる性被害に遭った女性の証言もありますよ。
山田 ただ、エプスタイン自身が獄中で自殺したことで、詳細なところは確定しづらくなってしまいました。
──あれはやはり口封じの殺人では……という感じに、つい陰謀論を信じたくなるんですけれど。
山田 いいえ、自殺という結論が出ています。『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社、2013年)を書くにあたって、アメリカの検視局という組織をたくさん取材しましたから。エプスタインが死んだニューヨークのような都会では、検視局は警察より立場が上の独立した機関として、外部からの影響を完全に排除して検視している。何者かの圧力で自殺という検死結果が捏造された、なんてことは起きようがないのです。
──なるほど。刑務所での死みたいな重大案件では、陰謀論が起きづらいように透明性を出しているんですね。
山田 ええ。アメリカの検視局では、解剖した所見を誰でも手に入れられます。僕も取材時に、マリリン・モンローも、ロバート・ケネディも、ジョン・ベルーシも、ジャニス・ジョプリンも、みんな解剖所見を手に入れました。いまでも全部閲覧できますよ。
──へえ。ではJFKは?
山田 ジョン・F・ケネディの件は、法医学界では「ダラスの失敗」と言われています。テキサスで殺されたのに、大統領だからっていうことで、わざわざワシントンDCまで持って行って法医学に素人の軍医が解剖したんです。その結果、どこから撃たれたのかとか、証拠がめちゃくちゃになっちゃった。そのせいで彼の死については、解剖所見に陰謀論をきっぱり否定できる要素を書き込めなかったのです。
──なるほど。誤解を恐れずに言えば、オズワルドが撃って殺したとされる話を、ややこしい解釈の余地を残してしまったのが「ダラスの失敗」ということなのですね。
山田 そうです。その理由は、法医学者が現場で司法解剖をしっかりやれなかった、ということなんですよね。