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【公演評】星組『ベアタ・ベアトリクス』

危険な色気を放ちながら波瀾万丈な画家の人生を生き抜く極美慎の初主演作

小野寺亜紀 演劇ライター、インタビュアー

 宝塚歌劇団星組によるミュージカル『ベアタ・ベアトリクス』が、宝塚バウホールで9月8日に開幕しました(19日まで上演中・千秋楽はライブ配信を実施)。本作は19世紀に活躍した、画家であり詩人のダンテ・ガブリエル・ロセッティの人生に焦点を当てたオリジナル作品。公演タイトルの「ベアタ・ベアトリクス」は、ロセッティが“この世で最も美しいベアトリーチェ”を描いた絵画の名で、彼がその代表作を生み出すまでの半生をドラマティックに見せていきます。

 主人公・ロセッティは決して恵まれた芸術家人生を歩んだ人ではなく、天才的なライバルに嫉妬し、画家としての才能に行き詰まる一方、女たらしなのに心から想う人への愛し方が分からず……とかなり複雑な心情の持ち主。だからこそ人間味があり周りが放っておけないというキャラクターを、極美慎さんが渾身の演技で表現しました。観終わった後もロセッティの苦悩した表情が、目に焼きついて離れません。

 極美さんは2014年に初舞台を踏んだ100期生。175センチの長身に麗しい小顔という抜群のスタイルに加え、内からも華やかなエネルギーを放つ男役スターです。近年は『ロミオとジュリエット』の血気盛んなマーキューシオ、『王家に捧ぐ歌』の復讐に燃えるウバルドなど色濃い役も演じ切り、芸の幅を広げ、入団9年目で初主演作に挑むことになりました。また本作は、熊倉飛鳥さんの演出家デビュー作であり、フレッシュな才能が詰まった作品に。創作へのこだわりが冒頭から大いに感じられ、実に快調なプロローグとなりました(以下、ネタばれあります)。

運命の女性と出会い、夢に向かって仲間とともに邁進するロセッティ

 ロイヤル・アカデミーの画学生ロセッティ(極美慎)が、ある理由から仲間と街中を逃げ回る躍動感あふれるプロローグは、19世紀半ばのロンドンの様子が人生の縮図のように見えてきます。レンガ風のボードのセットがいくつもムーブするなか、優雅な紳士淑女、薄汚れた服装の労働者など、異なる階級のナンバーが次々と展開。娼婦たちが登場すると、フラリと現れたロセッティは彼女たちに妖しい笑みを見せ、「この人はもしかして女好き?」と感じさせます。さらに、帽子屋のリジー・シダル(小桜ほのか)と運命的な出会いを果たし、助けてくれたリジーをハグ。リジーは驚きのあまり帽子を忘れて去っていき……と、まるでMVを見ているようなスピーディーな流れの中にキャラクター性が垣間見え、一気に作品の世界へと誘われました。

 ロセッティは同じ画学生のジェイムズ(煌えりせ)、ウィル(碧海さりお)、トーマス(碧音斗和)、フレッド(世晴あさ)たちと友情を深めるなかで、過去の因習に囚われた美術観を打ち破りたいという思いがありました。その後、アカデミーで神童と評されるジョン・エヴァレット・ミレイ(天飛華音)も仲間に迎え、“プレ・ラファエライト・ブラザーフッド(前ラファエル兄弟団)”を結成。共同アトリエで仲間たちと、絵筆やパレットを手に歌い上げる楽し気なシーンは、その後彼が失意の沼へと落ちていく場面で鮮明な対比となって迫ってきます。

 ロセッティの核となっているのが、5歳の頃から崇拝していた詩人ダンテ。ダンテが「新生」につづった永遠の恋人・ベアトリーチェを、ロセッティ自身も追い求めていて、その理想にピタリとはまったのが、街で出会ったリジーでした。「君こそ僕が求めたモデル」と、彼にとってのミューズとなったリジーもまた、ロセッティに純粋に惹かれていきます。

 ともに同じ夢を追い求め愛を深めるロセッティとリジー。ただ、ロセッティには画家として“落ちこぼれ”という劣等感や、文学の道を勧める父に歯向かったことへの後ろめたさがあり、理想の絵を描きたいという夢に向かって進もうとすると、父ガブリエーレ(朝水りょう)が姿を現し、不穏な空気が漂います。朝水さんの威厳に満ちた表情と存在感、さらにダンテの幻影(奏碧タケル)やベアトリーチェの幻影(星咲希)の身体表現が、彼の激しい心の渦を映し出しているようでした。

慟哭が響き渡る1幕ラストの衝撃。型破りな役を熱演する極美慎

 本作の解説には、末尾に「挑戦的なミュージカル作品」と記されています。まずその「挑戦」の一つと言えるのが、型破りな屈折したロセッティ役を、真摯な人の良さがにじみ出る極美慎さんに与えたことでしょう。長めのヘアに精悍なメイク、前髪の奥に見える鋭い瞳。女好きでときに乱暴な物言いをするワイルドさと、繊細な心のもろさを持ったロセッティは、これまでの極美さんでは見られなかった役柄でとても新鮮です。色気も増し、上り調子の今だからこそ放たれる輝きが確かにありました。

 ロセッティの人生を狂わせたのが、友人のエヴァレットがリジーをモデルに圧倒的な画力で描いた「オフィーリア」。それまで宗教画が主流だったところ、文学にも詳しいロセッティ自身がエヴァレットに、文学を題材にしてみてはと勧めるのですが、のちのちまでこの絵がロセッティの大きなトラウマとなり、彼を苦しめます。理想の女性リジーと結ばれたはずが、彼女は心に描く“理想”からかけ離れていく……。彼の抱く夢が砕け散るような痛み、心の変化などを数々のナンバーで表現する極美さんの成長は、公演期間中もとどまることはないでしょう。

 シェイクスピアの戯曲『ハムレット』に登場する悲劇のヒロイン・オフィーリアが死にゆく姿を、草木の端々まで繊細に自然のまま表現した「オフィーリア」。教科書などでも見かける有名な一枚ですが、その背景に実は複雑な人間関係があったのです。友人の恋人なのに、バスタブにリジーを浮かばせて描いたという実際に残されているエピソードも劇中で再現。水面のように揺れる布や「オフィーリアの幻想」というダンサーたちによって、この絵が美しく完成する、ミュージカルならではの演出が秀逸。今回、有名な絵をあえて舞台上には出さず、ある意味アナログな手法で絵画を鮮やかに表現しているのも「挑戦」の一つでしょう。

 批評家のジョン・ラスキン(ひろ香祐)の助言で、リジーをモデルに「オフィーリア」を描き切ったエヴァレット。彼の才能が大きく認められたことで兄弟団は決別し解散、ロセッティはエヴァレットに嫉妬し、リジーとの関係にも溝が生まれてしまいます。すっかりこじらせてしまったロセッティは、オックスフォードに移った後、リジーがそばにいながら、芝居小屋の女優ジェイン・バーデン(水乃ゆり)に魅了され、彼女をモデルに創作活動を再開。そんな彼を見つめるリジーの心は崩壊していくのでした。1幕の終盤、ロセッティの慟哭が響き渡る場面は、思わず息をのみます。ここまで約1時間20分、体感的にはあっという間でした。

◆公演情報◆
『ベアタ・ベアトリクス』
2022年9月8日(木)~19日(月) 宝塚バウホール
公式ホームページ
[スタッフ]
作・演出:熊倉飛鳥

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筆者

小野寺亜紀

小野寺亜紀(おのでら・あき) 演劇ライター、インタビュアー

大阪府出身。幼い頃から舞台をはじめ、さまざまなエンターテインメントにエネルギーをもらい、その本質や携わる人々の想いを「伝える」仕事を志す。関西大学文学部卒業後、編集記者を経て独立。長年、新聞や雑誌、Webサイト、公式媒体などで、インタビューや公演レポート等を執筆している。特に宝塚歌劇関係の取材は多い。 小野寺亜紀オフィシャルサイト(https://aki-octogreen.themedia.jp/)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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