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【ヅカナビ】19世紀イギリス画壇の反逆児たちが、タカラヅカの舞台を生きる

星組バウホール公演『ベアタ・ベアトリクス』

中本千晶 演劇ジャーナリスト


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 星組バウホール公演『ベアタ・ベアトリクス』は、19世紀イギリスの美術界を騒がせた「ラファエル前派兄弟団」の話だ。同時代の絵画といえばフランスの「印象派」が圧倒的に有名で、恥ずかしながらイギリス絵画には注目したことがなかった。ところが、この「ラファエル前派兄弟団」の若者たちが繰り広げていくエピソードが、とんでもなく面白いのである。

 とりわけこの作品の主人公、ダンテ・ガブリエル・ロセッティの破天荒な人生は、現代の常識からするとあまり感心できるものではないかもしれない。だが、一人の芸術家としてみた場合、とても興味深いものだった。

ロセッティ、激動の生涯を振り返る

 1848年9月、イギリスのロイヤル・アカデミーで学ぶロセッティ、ジョン・エヴァレット・ミレイ、ウィリアム・ホルマン・ハントらが「前ラファエル兄弟団」を密かに結成した。当時のイギリス画壇は、ルネサンス期の画家であるラファエロ(ラファエル)のように描くべしという考え方が主流だった。若き画学生であったロセッティらは、これに反旗を翻したわけだ。「ラファエル以前に学ぼう」というのが命名の由来である。

 ところが、この活動が明るみに出てしまい、糾弾される。そんな彼らの支援にまわったのが、『近代画家論』で知られた批評家のジョン・ラスキンだった。

 1852年、かねてから神童の呼び声の高かったミレイが「オフィーリア」をロイヤル・アカデミー展に出品し、高い評価を得る。ミレイはこの作品を描くとき、モデルのリジーに水を張ったバスタブでポーズを取らせた。ランプが消えたことにも気付かずにミレイは描き続け、リジーは真冬に冷たい水に入りっぱなしの状態となった。このためひどい風邪を引いてしまい、リジーの父親に慰謝料を請求されたという逸話も残っている。

 翌53年、ミレイは24歳の若さでロイヤル・アカデミーの準会員となった。これを変節だと受け止めたロセッティらは失望し、「前ラファエル兄弟団」は自然消滅へと向かっていく。

 批評家のラスキンが兄弟団メンバーの中で特に目をかけていたのは、じつはミレイだった。ミレイはラスキン夫妻とともにスコットランドで夏の休暇を過ごし、絵の修行に励む。だが、このときミレイはラスキンの妻エフィーと恋に落ちてしまう。1855年、ラスキンとの離婚が成立したエフィーはミレイの妻となった。

 いっぽうロセッティは「オフィーリア」のモデルとなったリジーと恋仲になり、一緒に暮らし始める。だが、病弱なリジーをよそに、ロセッティは馴染みの娼婦たちの元に通い詰め、彼女たちをモデルにした絵も描いた。1862年、リジーはほとんど自殺のような形で亡くなる。ロセッティは書きためていた詩の原稿を全てリジーの棺に納めた。それは、せめてもの贖罪の気持ちを示す行為のはずだった。そして、ロセッティはリジーをモデルとした「ベアタ・ベアトリクス」を描き始める(完成まで8年余の歳月を要した)。

 兄弟団が解散した後も、ロセッティの周りには彼を慕う若き画家たちが集まっていた。その中の1人、ウィリアム・モリス(後にデザイナーとして大成した)とロセッティは、ある日、劇場でジェインという女性と出会う。ジェインはモリスの妻となるが、ロセッティもまたジェインに心惹かれ、やがてロセッティとジェインの仲は周知のものとなっていく。モリスは、自ら屋敷を借りてロセッティとジェインを住まわせていたこともあったという。

 目を患い、画業ではなく詩作に力を注ぐようになったロセッティは、かつてリジーの棺に納めたはずの原稿を取り出し出版するために、墓を掘り返した。詩集は評判を呼んだが、後悔に苛まれたロセッティは以降、飲酒量が増えてアルコール中毒・ノイローゼに苦しみ始める。そして1882年、54歳の若さで亡くなった。

 なお、恩人ラスキンからの略奪婚のような形でエフィーと家庭を築いたミレイは、その後8人の子どもに恵まれた。画家としても国民的な人気を得て、かつて反逆したはずのロイヤル・アカデミーの会長にまで登り詰めている。また、「前ラファエル兄弟団」が事実上の解散となった後も交友関係を保ち続け、ラファエル前派の心意気を守り続けたのはハントであった。

 以上、「事実は小説よりも奇なり」という言葉を思い出させるような話である。果たしてこれがタカラヅカの舞台ではどのように描かれるのだろう? 興味津々で迎えた初日だった。

◆公演情報◆
『ベアタ・ベアトリクス』
2022年9月8日(木)~19日(月・祝)  宝塚バウホール
※千秋楽9月19日14:30公演をライブ配信
公式ホームページ
[スタッフ]
作・演出:熊倉 飛鳥

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『タカラヅカの解剖図館』(エクスナレッジ )、『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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