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あふれる登場人物の魅力、議論する楽しさもーー高校演劇全国大会【下】

生徒講評委員会、言葉探し、語り合う

工藤千夏 劇作家、演出家

 工藤千夏さんによる高校演劇全国大会レポートの後半です(【上】はこちら)。舞台表現の多様性を考え、今後の課題にも目を向けます。

また会いたい、魅力あふれる登場人物たち

 茨城県立日立第一高校『なぜ茨城は魅力度ランキング最下位なのか?』、栃木県立栃木高校『GEKKO』、兵庫県立伊丹高校『晴れの日、曇り通り雨』は、いわゆる学園ものコメディと呼ばれるジャンルの作品である。どの作品も悪役に至るまで人物造形が実に魅力的で、演技者がそのキャラクターを愛しむように演じている。彼らをずっと観ていたい。そして、また会いたくなる。

 茨城県立日立第一高校『なぜ茨城は魅力度ランキング最下位なのか?』(作:高野心暖と演劇部)に登場する茨城多栄子、東京一華、佐賀佳乃、大阪夏希は、苗字の通り、各都府県のイメージを背負うキャラクターだ。

茨城県立日立第一高等学校『なぜ茨城は魅力度ランキング最下位なのか?』=中村忠夫撮影、全国高等学校演劇協議会提供
 魅力度を競うコンテストでグランプリを取り続ける東京一華は、華やかな成功の陰で必死に努力している。まるで漫画「ガラスの仮面」の姫川亜弓。最下位でも気にすることなく、ひたすらマイペースで突き進む茨城多栄子は、北島マヤか。東京がひた隠しにする弱さと、茨城の無敵さが対照的だ。東京に無批判に従い、茨城と佐賀にいばり散らしているように見える大阪夏希は、実は健気でいじらしい。自慢できるものが何もないとコンプレックスの塊にも見える佐賀佳乃は、誰よりも確固たるこだわりとプライドを持っている。

 関東大会で初めてこの作品を観たとき、私は、田舎者コンプレックスの克服の物語だと思った。だが、全国大会で再度観て、愕然とした。茨城多栄子はコンプレックスなどかけらも持っていない。勝負に勝つために東京が行った卑怯な行為を、茨城が全く疑わないどころか感謝したその瞬間、東京は完全に敗北したのだ。しかも、茨城はその勝利にさえ気づかない。うん、これは無敵だ。茨城の神々しいまでの素直さに完全にノックアウトされる。

 栃木県立栃木高校『GEKKO』(作:栃木高校演劇部)に登場するのは男子ばかりの進学校の生物部員たち9人。ヤモリを飼育する物静かな「モリヤ」、吃音を抱え、変形菌(真性粘菌)を飼育する「モジ君」、医者にはならないと宣言している開業医の一人息子「部長」、神仏を信じていない寺の跡取りにして徹底した合理主義者「住職」、昆虫食に凝る「グルメ」……。その生態は極めて興味深い。

栃木県立栃木高校『GEKKO』=中村忠夫撮影、全国高等学校演劇協議会提供
 奇天烈な言動や行動をいかにも男子校らしいと括るのは簡単だが、彼らのピュアな優しさと類稀なるロマンチストっぷりは、『GEKKO』種男子ならではの特質だ。彼らには高校卒業後にもこんな風にピュアな恋をして欲しい、この関係のまま、不器用でも本音のつきあいを続けて欲しい。あ、演じ手とキャラクターがごっちゃになる、ドラマの沼にはまったときの兆候が……。登場人物が好きだからドラマが好きなのか、ドラマが好きだから登場人物が好きなのか、卵と鶏状態。

 本編の前後には、熱いプロローグとエピローグ! コロスが情熱的にシャウトする。「一匹のヤモリがこともあろうか夜空に浮かぶお月様に恋をした」。そして、秀逸な落語のサゲのような決め台詞は、『GEKKO』のタイトルコール! この切ないラブ・ストーリーに個人的にロマンチック部門最優秀賞を差し上げたい。

 兵庫県立伊丹高校『晴れの日、曇り通り雨』(作:古賀はなを)は戯曲の人物紹介が秀逸なので、まず引用したい。

 中村愛=友達との共感を支えにしている。
 平塚夏樹=植物だけが友達。
 岡崎―=名言言いがち。眼鏡クイっしがち。
 小林美月=生物部部長。ニコニコの狂気。
 浦井裕也=誰もが認める調子乗り。

兵庫県立伊丹高校『晴れの日、曇り通り雨』=中村忠夫撮影、全国高等学校演劇協議会提供
 ヒロイン中村愛は寂しい嘘つきである。傷つかない人間関係を得るために、自分の本心は捨てて相手に合わせ続けてきた。冒頭の告白だって本気でない。ちょっとキュンキュンしたかっただけ。しかも、そのキュンキュン度は、四捨五入の「切り上げ」でキュンキュンという程度。

 これは彼女が、嘘をつかずに自分のままでいられる真の友人関係を得るまでの物語である。個性的な日陰の植物を愛でる園芸部の平塚、敬語でしか話せない岡崎は実に個性的。観客は笑いながら共感を積み上げ、花壇を脅かす敵として登場する小林さえも憎めない。

 12作品中、唯一の生徒創作。作者である古賀はなをさん(夏樹を演じている)は、上っ面だけのコミュニケーションが苦手な3人の心が通じ合うまでの過程を繊細に描く。語りすぎないセリフも、ジャブのように効き続けるギャグも巧みで、フリージアの花言葉を劇中では発せず、「あとで調べて」としか言わないあたりも心憎い。

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