メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

アントニオ猪木が当選した日──ジャイアント馬場と複雑に絡まった強靭な糸

市瀬英俊 スポーツライター

馬場のエールで、当選を願う気持ちはプロレス界の総意に

 馬場と猪木。昭和の時代からプロレス界を牽引してきた両雄が、長年にわたり対立関係にあることは当時のプロレスファンにとって基礎中の基礎知識だった。

 鎬(しのぎ)を削る関係。そう書けばスマートだが、実際はそんな生易しいものではなかった。挑発、罵倒、揶揄。1981年以降に激化したレスラーの引き抜き合戦は「仁義なき抗争」とも称された。事態の解決が民事裁判に委ねられることもあった。

 仕掛けるのはもっぱら猪木サイド。全日本はショーマンプロレスであり、ストロングスタイルの新日本こそがプロレス界の盟主であると、声高らかにアピールした。

 事実、80年代前半には新日本のテレビ中継、金曜午後8時の『ワールドプロレスリング』(テレビ朝日系列)が20%を超える視聴率をたびたび記録。集客面でも全日本に差をつけ、「これはプロレスブームじゃない。新日本プロレスブームなのだ」と猪木サイドは胸を張った。

 こうした一連の経緯を知る者からすれば、猪木に対する馬場のエールは驚きでもあった。大人の対応だったのかもしれない。いや、猪木が政治の世界に行ってくれれば

・・・ログインして読む
(残り:約2611文字/本文:約4624文字)


筆者

市瀬英俊

市瀬英俊(いちのせ・ひでとし) スポーツライター

1963年、東京都生まれ。千葉大学法経学部卒。「週刊プロレス」全日本プロレス担当記者等を経て、スポーツライターに。著書に『誰も知らなかったジャイアント馬場』『ワールドプロレスリングの時代――金曜夜8時のワンダーランド』(ともに朝日新聞出版)、『夜の虹を架ける──四天王プロレス「リングに捧げた過剰な純真」』(双葉社)など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです